436. 来たる時代への提言(20)
【2026年2月1日配信】
政治、ジャーナリズム、思想、文化を考える
新しい思想、哲学は可能か
429 来たる時代への提言(19)からの続き
432 お金から命の時代へⅦ 本記事最新順
1945年11月7日付け朝日新聞記事
「国民と共に立たん」 の宣言
國民と共に立たん
本社、新陣容で「建設」へ
支那事変勃発以来、大東亞戰争終結
にいたるまで、朝日新聞の果たした
る重要なる役割にかんがみ、我等こ
ゝに責任を國民の前に明らかにする
とともに、新たなる機構と陣容とを
もつて、新日本建設に全力を傾倒せ
んことを期するものである。
全重役、および編集総長、同局長、
論説両主幹が総辞職するに至つたの
は、開戰より戰時中を通じ、幾多の
制約があつたとはいへ、眞実の報道、
厳正なる批判の重責を十分に果たし
えず、またこの制約打破に微力、つ
いに敗戦にいたり、國民をして事態
の進展に無知なるまゝ今日の窮境に
陥らしめた罪を天下に謝せんがため
である。
今後の朝日新聞は、全従業員の総意
を基調として運營さるべく、常に國
民とともに立ち、その聲を聲とする
であらう、いまや狂瀾怒涛の秋、日
本民主主義の確立途上來るべき諸々
の困難に対し、朝日新聞はあくまで
國民の機関たることをこゝに宣言す
るものである。
石川啄木『一握の砂』(青空文庫)
野党第一党が内閣不信任案出せない
「比例の議席だけど、半分返してよ」
今日は好い天気だ
縁の下では
心細さうに揺れてゐる
山では枯木も息を吐く
あゝ今日は好い天気だ
路
あどけない
これが私の
さやかに風も吹いてゐる
心置なく泣かれよと
あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
胎内の動き知るころ骨がつき 鶴 彬
『川柳人』第281号
(井上信子編・1937.11.15発行)より
テーマ:「鶴彬の反戦川柳」
第40回鶴彬・井上剣花坊祭にて
2016.9.17 於盛岡市
ベルリン在住めいこさん
「くにまもる珠玉の宝なぜすてる」
西山誠一さん
「あやまりをあやまりてこそ」
日本国憲法
第二章 戦争の放棄
第九条
① 日本国民は、正義と秩序を基調とす
る国際平和を誠実に希求し、国権の
発動たる戦争と、武力による威嚇又
は武力の行使は、国際紛争を解決す
る手段としては、永久にこれを放棄
する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍
その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
2026.2.27 佐藤章さん、この問題をさらに追及
希望とは もともと
あるものだとも言えぬし、
ないものだとも言えない。
それは、地上の路(みち)のようなものだ。
地上には もともと
路はなかった。
歩む人が多くなれば、
おのずと路になるものなのだ。
魯迅 『故郷』より
2022 年 8月10日に、日本外国特派員協会で
田中富弘・統一協会会長が記者会見をしたが、
これはいったいどういう意味の会見なのだろ
うか。会の進め方がおかしいし、司会や特派
員の質問がゆるすぎる。せっかく会長を登壇
させたのだから、的を得た本質をつく質問が
あってしかるべきだ。これでは特派員協会と
いう「場所」での会見の意味はない。ジャー
ナリズムが感じられない。
そんな中でも、田中氏の発言の中で私が注目
したのは、日本や世界の「共産主義」と対峙
するために統一協会が活動しているというく
だりだ。田中氏の話を聞いていると、同会の
教義内容は創価学会とかわらない、また、既
存の神道やキリスト教、仏教教団ともかわり
ばえしないものだということだ。日本の各政
党やマスコミの主張・論調、企業倫理ともか
わらない。
田中氏の語る共産主義とは、全体主義やファ
シズムといってもよい。これを否定し、同会
は世界連邦主義(ワンワールド)をめざすと
言っているにすぎない。
しかしながら、よく考えてみると、世界連邦
主義の内実は、全体主義・ファシズムであり、
個人の自由を否定するものであり、田中氏の
語る共産主義と言ってもよいものである。そ
こには、この世の中をより良くしたいとか、
この世に生きる人々の幸福を願うという心底
からの思いもない。思想の謙虚さもない。人
間の自然な感情の発露も許されない。
ということは、同会は共産主義を否定し、こ
れとたたかいながら、共産主義をおしひろめ
ているという矛盾をかかげる主張をし、かつ
行なっているのである。つまり、統一協会の
目指すところは共産主義の世界ということに
なる。
京都学派の創始者・西田幾多郎は、絶対矛盾
の自己同一なる世界を唱えたが、統一協会は、
ひょっとして西田哲学の影響を受けているの
かもしれない。 (当講座編集人)


