この世を弥勒世に
【2020年12月20日配信 NO.89】小社取材記事
富山市 会社役員
中川 清基
「ぜひとも、わしの話を聞いてくたはれ」と
いう電話の声の迫力に押されて、すぐに富山
市の中川さん宅を尋ねた。
道路工事で車が渋滞し、約束の時間に間に
合わなかったことを詫びると、中川さんは、
「なあん、つかえんちゃ」と言ってくれた。
奥の部屋に通され、腰をおろすやいなや、
中川さんは、本がいっぱいつまった書棚から
『地球の運命』(ジョナサン・シェル著、斎
田一路・西俣総平訳、1982年9月朝日新聞社
発行)という本を取り出してきた。
「これで八度目ですっちゃ。この本は何回で
も読まねばならんがです。東京へ行った時、
朝日新聞の出版局へも出向いていって、もっ
とたくさん発行するようにゆうてきたがや」
ーー何が書かれているのですか。
「よう、そんなことも知らんと、わしのとこ
ろへ来られたな。(笑)これには、核兵器の
脅威が書いてあるがです。米ソが核兵器の落
とし合いしたら、人類は間違いなく全滅して
しまう」
さっそく、最初の二十二行の読み合わせを
させられた。
「一九四五年七月十六日に、ニューメキシコ
州アラモゴードのトリニティ実験場で、史上
初めての原爆が爆発してからというもの、人
類は核兵器に取り囲まれて日々の生活を送る
ようになった。年を重ねるごとに核爆弾の数
は増え、今日では、全世界に存在する核弾頭
は約五万個、その爆発力の総計は、TNT火薬
に換算しておよそ二百億トンに達している。
この量は、トリニティ実験場での最初の核爆
発から一カ月もたたないうちにアメリカの手
によって日本の広島市に投下された原爆の爆
発力の、実に百六十万倍にも当たる。これら
の核爆弾は”戦争”のための”兵器”としてつく
られたが、兵器としての意義も、兵器として
使われたときの結果も、従来の戦争の概念を
はるかに超えている。核兵器は歴史の所産で
はあるけれども、歴史そのものを終わらせる
可能性を秘めている。同様にそれは、人間が
つくり出したものではあるが、人間を抹殺し
てしまう可能性をも秘めているのである。
核兵器は、全世界をのみ込んでしまう落と
し穴であり、全人類の意思と行動と希望を踏
みにじる不倶戴天の敵でもある。核兵器によ
って存在を脅かされている生命だけが、核兵
器の本当の恐ろしさを知っているとも言える。
核兵器ははかりしれない恐ろしさを持ってい
るにもかかわらず、ともすれば人間は核兵器
について真剣に考えたがらない。われわれは
これまでにも核兵器に対して、感情的あるい
は理性的、政治的にも反応を示さなかったし、
また自ら示そうともしなかった。自らの生命
だけでなく、全世界の存在そのものが絶えず
脅威にさらされている事実を、数億の人々が
認識しているにもかかわらず、何の行動も起
こそうとしない。この恐るべき反応の欠如は、
人間がもはや共通の連帯意識のみならず、利
己心すら失ってしまったためかもしれないが、
それ自体まさに衝撃的な現象と言わざるを得
ない。今日、核による人類破滅の危機がます
ます近づいている原因の大方は、核兵器に対
する人々の反応の欠如に求められなければな
らない。アメリカとヨーロッパで核兵器に反
対する世論の起こるきざしがやっと生まれた
のは、ごく最近のことである。迫りくる核の
破滅を回避するため自ら何をなすべきか、よ
うやく一般の市民が問いかけ始めたのだ。」
ーーすごいことが書いてありますね。
「そんながやちゃ。おっそろし、しゃばにな
ってきた。こりゃもう大変なことやちゃ。あ
んた、これも見てみられ」
中川さんは、広島・長崎の原爆写真集も取
り出してきて、テーブルの上に置いた。
ーーこれもひどいですね。
「そいが。またこんなことになったら、どう
するが。わしは、もうだまっておれんがね」
ーーそれで、中川さんは、何か核兵器の反対
活動でもしていらっしゃるのですか。
「あんた、よう聞いてくたはれた。わしは、
何とかこのアメリカという北風太郎と、ソ連
という北風次郎をどっかへやってしまう太陽
になりたいがです。そのためには、この地球
を浄土にして、核兵器をはじめ一切の武器を
廃絶させ、世界じゅうの人びとが、平和に安
心して暮らせるような世の中にしたいがや」
ーーなかなかおもしろい考えですね。
「おもしろいとは、どんなが。わしは真剣な
が。仕事よりも、このことに力を入れておる
がです。残念ながら、家族も会社の者も、だ
れもわしのやることを理解してくれんがや。
みんなは、わしを狂人扱いにすんねか。精神
病院に入れと、きかんがです。(笑)」
ーーほんとうですか。私は中川さんのおっし
ゃることは、もっともだと思いますが……。
「あったりまえですっちゃ。わしは、この地
球を、釈尊の説かれた浄土、仏国土に建て直
したいがです。これ、あげっちゃ」
中川さんは、「世界仏国土建設推進日本国
民会議前衛委員会委員長代理・中川清基」と
肩書きの入った名刺を筆者にくれた。
ーーすばらしい名刺ですね。こんな肩書きを
見たのは初めてです。
「そやろ。自分で考えたが。去年つくったが」
ーーこの前衛委員会とはどんな組織ですか。
「わしひとりだけしか、おらんが。わしひと
りだけながや。でも、国連に反核署名を持っ
て、二度も行ってきたちゃ。各国にも前衛委
員会を創り、今の国連も仏国土建設推進組織
に創りかえなならんと思とるがや」
ーーさきほど、釈尊の説かれた仏法を広めた
いとおっしゃっていましたが……。
「今のしゃばを考えてみられま。衣食住満ち
たりても、不平不満ばっかしゆうて、こっで
いいちゅう満足の気持ちを知らん人間のたん
とおること。ありがたいという気持ちの、か
らきし、ねえもんばっかやねか。しゃばの人
みんなに心を入れかえてほしいがや。
東南アジアやアフリカの人たちのことを少
しは考えてみられま。毎日、飢えや病気で、
苦しい生活をしいられておられるがですよ。
余った米をみんなあの人たちに、ただで送っ
たっていいがではないけ。わしら日本人の生
活のレベルを半分に落としても、彼らに分け
てあげてもいいねか。毎日、飢えや病気で死
んでいかれる人を思うと、胸が痛くなるがね。
わしは、仏教者だから、虫一匹殺したくな
いが。ゴキブリがわしのそばで喜んで走って
いても、わしは殺さんが。外を見てみられ、
蛍一匹見えなくなったちゃ。蚊や蛾も、昔は
たんとおった、おられた。人間が虫をおらん
がに、してしもたんやちゃ。寂しかぎりや」
ーーそうですね……。
「釈尊は、あらゆるものの生命の尊厳と慈悲
と平等を説いておられるがです。もう、この
世は、お釈迦様の教えでしか救われんがでは
ないですか」
ーーそうですね。でも、それをどうして具体
的に実現していくか、なかなかむずかしいの
ではないですか。
「なんが、むずかしことあるが。しっかりし
てったはれ。こんな簡単なこと、ないがやぜ。
いいけ、人間の命をかけがえのないものとし
て大切にする。その気持ちだけですっちゃ。
この気持ちをすべての人間が持てば、いいが
でないけ。今すぐにでも、できるがね」
ーーまだふたりだけですね。
「何事もふたりから始まるが。あんたがわか
ってくれたがなら、わしは、もう、なんもゆ
うことないっちゃ」
ーーでも、米ソの首脳に伝えるのは無理……。
「レーガンやアンドロポフ、あん人たちは、
人間ではないがです。あん人たちは、仏教で
ゆうと、人間より一段下の修羅、阿修羅ちゅ
ゆうが。この地球は、阿修羅たちのもんでは
ないはずやろ。地球を阿修羅どもから守るに
は、やっぱし、おわっちゃひとりひとりが、
お釈迦様の説かれた教えを実践するしか方法
がないがです。今こそ声を大にして、みんな
で、がんばらなならん時なんやちゃ。
大韓機事件をみられま。亡くなられた方の
遺体も搜しに行かれん。遺体も返してもらえ
んがですよ。こんなだらなこと、あるけ。こ
れなんかは、今までしゃべってきた典型的な
事件やないが。太郎と次郎が核をどんどん作
って保有していった結果やねか。こんなこと
で、ほんとの平和なんて絶対、来んちゃ。阿
修羅たちには人間が見えんがです。
浄土、仏国土、弥勒世ができたら、すべて
の国々も人々も、お互いに秘密を持つ必要が
なくなり、仲良くなり、あらゆる問題がつま
びらかになって、全部解決するがです。そう
すると、核兵器や軍隊や武器など、なんもい
らんがになるがだぜ。お互い困ったことがあ
れば、みんなで知恵を出し合って話し合う。
飢えで苦しむ人も、ひとりもおらんがになる
っちゃ。アキノ氏暗殺のような訳のわからん
事件も、起きんよになるがね」
ーーそうなったらいいですね。でも、どうし
たらそんな世になるのか……、夢みたい話で
すね。
「あんた、まだそんなことゆうておられるが
か。夢ではないがです。あんたは、どっだけ
ゆうたらわかるがね。でも、ようここまで来
てくたはれた。わしの独演会になってしもて、
かんにんしてったはれ。富山にも、こういう
だらがおるちゅうことだけでも、覚えといて
いただければ本望やちゃ。また来られ」
ーーこちらこそ、いろいろといいお話を聞か
せていただいて、ありがとうございました。
中川さんの熱いお話は、二日間にも及んだ。
七十五歳という年を感じさせない中川さんの
スタミナと、とどまることの知らない弁舌に
筆者はたじたじの態であった。全部を書きき
れないので、大分割愛した。中川さんは、い
つでもどなたとでも、喜んで語り合いたいと
言っておられた。
(1983年9月2日・3日取材)
小社発行・『北陸の燈』創刊号より
〈参考〉
NO.11、 NO.17、 NO.72、 NO.73 の
記事も併せて参照していただきたい。