生涯、毎日が勉強
【2020年11月9日配信 NO.64】
福井県大野市
御堂河内 四市
私は広島県佐伯郡津久茂村(現江田島市江
田島町津久茂)ーー昔、海軍兵学校があった
ところの近くーーの生まれで、雪のない瀬戸
内海の島から何の因果か雪国へ移住、今日に
至っている。
わが家は、父祖代々農業。私は兄三人、姉
三人の七人兄弟姉妹の末っ子の四男。四市の
名はそこからきているようだ。
父は元治元年生まれで、当時はまだ学校は
なく、寺子屋で読み書きソロバンを習った。
父は、私の妻の父とともに多年、村会議員、
その他いくつかの名誉職をもち、若衆頭(現
在の青年団長格)であった。農業は常雇の農
家に任せ、村議中で寺子屋出身は父だけだっ
たらしく、村長が郡役所へ行くときは、いつ
も村会代表で父を連れて行っていた。その前
日には必ず助役が連絡のためわが家を訪れて
いた。村長は酒は飲めず、助役と父は酒が好
きで、助役が来ると、母はいつも助役と父の
ために酒席を設けふたりに酌をしていた。ま
た父は、毎夜のように村人と接していた。
長兄は私より二十一歳も年上。父は長兄の
ために始めた事業に失敗して倒産。田畑、山
林、家屋敷、その他の財産一切を競売、無資
産となり、貧乏のドン底に落ち、父は村議、
その他の名誉職一切を辞職、弁護士がただひ
とり、無一文となった父に助言、指導してい
た。
人間は競売できぬと知った私は、将来は勉
強して弁護士となり、無一文となった父のよ
うな弱くなった人を助けることを決意。
貧乏になったのは私の小学五年生のときで、
私はそれまで村内どこへ行っても大事にされ
たが、倒産後はまったく顧みられなくなった。
住むに家なく、競売した納屋の一室に住み、
小学六年生に進級すると、はからずも私は、
級長に任命されたが、同級生のなかに父の債
権者の息子が数人いて、「詐欺師の子」と言
って私をイジメていた。教室内では、先生が
黒板に向かって文字を書いているとき、私の
背中に後方の席から「送り」と称してゲンコ
ツを打ち込み、私は涙のかわく暇なく、級長
をやめたいと担任の先生に何度も申し出たが、
その都度慰められ、六年卒業までがんばり通
し、高等小学校一年に進学した。
大正七年、高小二年卒業後、呉海軍工廠の
見習い職工(三年制、日給十八銭)となり、
同時に夜間中学に進学、同十年卒業、十一年
春工廠を退職、横浜で新聞配達しつつ、神奈
川県藤沢市の藤沢中学四年に編入。十二年九
月一日の関東大震災にあい、日暮里駅で汽車
の屋根の上に乗って東京を離れ、名古屋を経
て郷里広島県に帰り、広陵中学四年に転校。
十三年四月、四年修了で関西大学予科に入学、
新聞配達、家庭教師、大学の講義をプリント
して同級生に売って学費を稼いだ。関大法科
三年間首席で、卒業時に答辞を読んだ。
昭和五年春、関大法科卒業後、朝日新聞大
阪本社にはいり、福井支局に着任。福井支局
に四年在勤、九年四月大野通信局長となり、
以来各地に転勤、十九年春徳島支局長となり、
二十年四月福井新聞社へ出向、七月十九日夜
福井空襲にあい裸同然となり、村部へ疎開、
八月十五日終戦。
生きるために高女在学中の長女、次女の娘
ふたりを中退させ、食糧増産の国策に応じて
十一月十三日、現住所の大野市塚原に開拓者
として入植、以来今日に達している。
福井新聞社へは開拓地から電車終点まで歩
き通勤した。
空襲で全焼した福井新聞社は、隣県石川県
の北国新聞社の救援により輪転機の提供を受
け、福井刑務所近くに復旧、印刷するように
なった。戦時中、両者間に米軍の空襲を受け
た場合、相互援助の約束ができていたのであ
る。福井新聞社は二十三年の福井地震のとき
も全焼、二度も北国新聞の救援を受け、「福
井新聞」は、空襲のときも地震のときも一日
も休まなかった。
余談だが、私が満七十二歳のとき、妻の進
言により京都の仏教大学通信教育部仏教学科
に入学、関大卒を認められ、三回生編入を許
され、半年遅れて卒業した。通信教育の勉強
が深夜までかかり、ついに心臓を患って、卒
業と同時に心筋梗塞で大野市明倫町の尾崎病
院に入院、現在に至っている。
しかし、薬草に関する書籍約十冊を購入、
現在ドクダミ、オオバコ、ヨモギ、その他の
薬草を煎じて服用、最近その薬草の煎服のお
かげで大分快方へ向いている。
私には子供九人、孫十九人あり、子供九人
のうち七人が大野高校を卒業、五人まで大野
の人と結婚、ついに大野(開拓地)を離れら
れなくなってしまった。
三年前の真夏、息子、娘、婿、嫁、孫ら総
勢三十六人が、貸切小型バスで私たち夫婦を
乗せて、石川県の和倉温泉で金婚祝賀式をあ
げてくれ、私たち夫婦の目は終始汗をかいて
いた。世にこれをうれし涙というと思った。
(みどうこうち しいち)
小社発行・『北陸の燈』創刊号より
第11回「現代の声」講座提言者
テーマ:通信教育のすすめ