冬空の風物詩
【2021年1月12日配信 NO.104】
雪吊りの唐崎の松(兼六園・筆者撮影)
石川県金沢市
若林 忠司
外は雪。
〽松の雪吊り兼六園は未練ちらちら細雪
葵かを里さんが歌う《雪の兼六園》に雪吊
りが出てくる。
名園の雪吊り。金沢市民、石川県民は誰し
も兼六園の雪吊りを挙げるだろう。雪化粧さ
れた兼六園に魅せられ、訪れる観光客も多い。
芦田高子さんは『歌集兼六園』(新歌人社)
で、
雪吊りの縄が保てる緊張の美しさみな天に統べらる
と詠んでいる。
雪吊りの作業は、園内随一の美しい枝ぶり
を誇る唐崎松(からさきのまつ)から始まる。
芯柱の天辺に立った庭師が、大空高く縄を投
げる。辺りの張り詰めた空気を破るように、
観光客から一斉に拍手パチパチ……。カメラ
のシャッターが押される。
ある年の十一月一日、多くの観光客ととも
に、冬を演出する雪吊りの作業を見学したと
きのことである。作業が終わった後、庭師は
芯柱からどのようにして降りるのだろうか、
と思い最後まで見ていた。無事、降りたとき、
再び拍手が湧き上がったことが思い出される。
ライトアップされた園内を見たときのこと
である。唐崎松の天辺から放射線状にかけら
れた「りんご吊り」。芸術的な幾何学模様が
黄金色に輝き幻想的であった。日中には見ら
れない景観美を浮かび上がらせていた。『金
沢めぐり とっておき話のネタ帖』(北國新
聞社)によると、「りんご吊り」の原形は江
戸時代すでにあったとか。
金沢市内では至るところで、雪吊りを見る
ことができる。兼六園のほかに私の目に焼き
付いたのは、旧林屋家林鐘庭(りんしょうて
い)の「五人扶持(ごにんぶち)の松」で、
『おとこ川おんな川』(時鐘社)に紹介され
ている。
兼六園教養セミナーの研修で、小立野(こ
だつの)台地にある林鐘庭を訪れ、庭の説明
やエピソードを聞いたことが思い出される。
現在は北陸大学教養部別館になっていて公開
はされていない。
卯辰山(うたつやま)を借景として、池も
築山もない平庭式の庭園である。加賀藩士の
吉川氏が所有していた庭で、十三代藩主・前
田斉泰(なりやす)が金沢城内に移植を望ん
だが、その大きさのために断念する。
天下に得がたい松として、手入れのために、
松に与力五人分の扶持(給与)を与えたのが
松の名前の由来という。五人扶持の呼び名の
誕生物語を知る。枝ぶりは南北二十四メート
ル、東西十九メートル。
吉田茂をはじめ歴代首相らが松を感嘆する
とともに、松の下で政局の節目を左右するよ
うな密談もあったのだろうか、と前掲書『お
とこ川おんな川』に記されている。政界に重
きをなした林屋亀次郎の存在感を物語るもの
でもある。
一度は林鐘庭の雪吊りを見たいと思ってい
たが、偶然その機会に恵まれたのは、二〇一
三年二月二十一日(木曜日)、午後一時ごろ
であった。鉛色の空から雪が降り注ぐ。天神
町緑地公園には五センチほどの雪が積もって
いた。この時季に椿の鑑賞で訪れる人が多い。
入口の門をくぐる。二十歩あまり進み、左
斜め上を見る。険しくそびえ立つ崖の高台に、
八本の雪吊りが姿を見せていた。林鐘庭の雪
吊りであった。白く化粧された崖と雪吊りの
コントラストが印象的で、しばらく眺めてい
た。
緑地を後にして、天神町(てんじんまち)
から扇町(おうぎまち)、賢坂辻(けんさか
つじ)に向かって歩く。雪吊りが少しずつ目
の前に迫ってきた。民家の屋根に見え隠れす
る。
三分ほど歩いたときに、真正面に雪吊りが
見えた。さらに五分ほど進んでいくと、ぱっ
と視界から消えた。
名園に見る雪吊り。金沢の冬を彩る。
写真:金沢市 作田 幸以智さん
わかばやし ただし
石川郷土史学会、
石川県中央歩こう会、
銭屋五兵衛顕彰会会員。
第14回文芸集団年間賞(随筆部門)、
第23回コスモス文学賞(ノンフィクション部門)
受賞。
第7回「現代の声」講座で提言、
テーマ『色彩と連想ー心理学的考察ー』。
著書に、
『英語の中に定着した日本語』(北国出版社) 、
『知られざる金沢』・『金沢めもらんだむ』・
『金沢まちあるき』(自費出版)などがある 。
〈参考〉
当講座NO.22の青木晴美さんの作品『樹』も
参照していただきたい。