松
【2021年3月9日配信 NO.146】
石川県石川郡野々市町
(現野々市市)町議
中野 喜佐雄
この地方は、門松を立てるのは、商店や公
共施設ぐらいで、普通、民家で立てることは
めったにないから立てたことはない。
わが家では、幸いに玄関の横に松があり、
それが門松の代わりに生い茂っていてくれる。
しかし、そんなつもりで植えたのではない。
実は、二十数年前に、能登から一メートルほ
どのものを買ってきたのが、今は、三メート
ルあまりにも育った。
小さい時には、自由に思うままに枝をのば
していたが、最近では、そうもいかない。あ
る程度枝も切られ葉も摘みとられ、思うまま
にのびることはできない。木にしても、人に
しても、生きていくものの「さだめ」のよう
である。
この松も、人にいじめられ苦しめられて育
ったから、門松の代わりにもなるのも知らな
い。夏には、周囲の木の緑に松の緑は映えな
かったが、師走から正月ともなり、雪が積も
って下草や苔も白一色になると、葉の緑も幹
の膚色もあざやかになる。
能登の松であるからあか松である。くろ松
とちがって木膚も赤く、葉は軟らかで枝ぶり
も細やかで、複雑である。松には男女の区別
はないはずだが、あか松を女松といい、くろ
松を男松とも呼ぶのもおもしろい。見た感じ
では、確かに、あか松は柔らかく、くろ松は
硬そうであることがこうした呼び名となった
ように思われる。
ある訪問者がこの松を眺めながら、
「この松は女松でなあ、男松やとよいがに」
という。この時、松にまで男女を差別する
ようなことに疑問と腹立ちも感じた。
それもこれほどに育ち、枝ぶり、緑のさわ
やかさ美しさに、自己満足していたのかもし
れない。そんなことを思い出してよく見ると、
今、緑の色は黒ずんでいる。この黒ずんだ松
の葉も春が来れば、生き生きとした緑のあざ
やかさがよみがえってくる。その美しさが目
に浮かんでくる。
ふと根元を見ると、枯松葉が散り、松ぽっ
くりが一つ落ちている。ここでも子孫を立派
に育てようと懸命になっていることなのかも
しれないが、条件が悪くて育たないようでも
ある。
人間の社会も、松の社会も、子育ては難し
いものである。その条件が整うていなければ、
立派な子供が立派に育たないことを知らされ
ました。
小社発行・『北陸の燈』第2号より