よろみ村日記

【2021年1月21日配信 NO.109】 



                よろみ村

                村田 啓子


 よろみ村は存在していない。住所が石川県

輪島市三井町与呂見からこちらが勝手に付け

た村名だ。


 そのよろみだが、アイヌ語から来ていると

聞いたが定かでない。始まりは40年前金沢に

あった曹洞宗のお寺を住職が奥能登の山中に

移し、そこに移住者が1軒2軒と増え、5軒

となってよろみ村が出来上がった。 一時は5

世帯30人ほどが食事と農作業を共にしていた。


 当時は子供らの笑い声と泣き声が溢れ、山

の中でここだけが賑やかだった。その当時の

来客の思い出は何よりもその喧騒さだったと

懐かしそうに話してくれる。


 創成期から移行期の来客は年間延べ 200人

にもなった。今も来客は絶えないがかつての

賑やかさはなく成熟期と言えるだろうか。今

は子供らの成長に合わせて各家単位の暮らし

になっている。


   暮らしの中核は坐禅だが、本人の意志に任

され、特に決まり事はない。お寺の檀家はな

く、移住者もアルバイトや版画、現代アート、

藍染などの展覧会をして暮らしを立てている。


   山を開き、畑を作り、 過疎化と老齢化から

耕作できない田んぼをお借りして暮らしが始

まった。田んぼ数枚を手植え、手刈りから始

まり、今は3反ほどを機械で作っている。誰

もが初めての農業で本を片手に試行錯誤の末、

何度も失敗を繰り返し、ようやく自家採取の

種で自家製の肥料、無農薬の自分たちなりの

農法が出来上がった。


 決まりのないここの暮らしで苦労したのは

男たちなのだろうが、苦労させられたのは女

たちだ。


 何も知らずに夫について来た妻たち、その

ほとんどは都会からで幼児を抱え慣れない農

作業も請け負った。唯一の当番が典座、一人

で30人近くの1日3食のご飯を作っていた。

まさにおんぶに抱っこをし、泣く子の面倒を

見ながら限られていた食材の中でみんなの胃

袋を満たさなければならなかった。


 当番は5日間、それが終わるとその当時い

た馬の餌の草刈り、鶏の餌やり、そして薪風

呂焚きが1セット、その5日間が終わるとフ

リー、といっても今度は田んぼや畑が待って

いる。その時の話になると「よくやって来た

よね。若かったんだろうね」と今は笑顔で振

り返る。


 その典座は5人で交代なので1ヶ月に換算

すると1週間ほどになる。それを誰ともなく

「金看板」と名付け、典座はそれだけしてい

ればよしとした。風呂焚きなどの当番は「銀

看板」、当番が終わると農作業が待っていて

当番のない者は一日農作業となる。


 私はご飯作りは好きだったので金看板が一

番時間的にゆとりがあったが、苦手な人は辛

かったと今になって本音を聞かせてくれた。


 私が思うに、やはりお寺は男社会だ。男中

心で成り立っている。そこに女の入る隙はな

い。日常の忙しさに明け暮れ文句を言うこと

もできず、改革をするゆとりもなかったとい

うのが実情だった。


 これが逆だったらこの暮らし方は成立しな

かっただろう。女の適応力、忍耐力に依ると

ころが大きかったと私は分析している。


 よろみ村の1年は、春は種まきに始まり、

土着菌の自家製肥料作り、耕運、畝立て、田

植え、野菜の定植、草取りなどを経てようや

く夏野菜の収穫となる。夏、男たちは田んぼ

の合間に暖房とお風呂用の薪作り、秋は稲刈

り、冬野菜の種まき、冬は麹作りと味噌作り、

漬物の準備を終えて冬を迎える。冬、雪が畑

に積もるとようやく冬籠となる。


 創成期、30代で始めたよろみ村も今は次世

代の住職となり、住民もほぼ半数になった。

田んぼは男、畑は女が受け持ちお米は販売で

きるまでになった。畑もそれぞれの家に任さ

れ、1年を通して数十種類の野菜を育ててい

る。


 そのお米は滋味に溢れ、野菜もその野菜独

特の旨味は他の追従を許さないほどだ。ここ

のほんものの野菜で育った子供らに野菜嫌い

はいない。ここにあるのは山と田んぼと畑。

そして澄んだ空気、自然からの恵みの水、こ

れが何よりの暮らしの源になっている。


 誰も何も知らなかったからやり通せた。知

らないということが起爆剤となり、何もない

ということが原動力になった。


 これからのよろみ村は何が始まるのか、私

自身もわからない。わからないから、おもし

ろい。


 ただ気になるのは近年の気候変動だ。猪や

虫の大発生などの問題が出てきた。夜になる

とここは全くの闇になる。その闇に光を届け

てくれる空の星を見上げながら、また新たな

よろみ村日記を綴ってゆくのだろう。










〈参考〉

  村田啓子さんは、ブログ『よろみ村くらし暦』 

       https://blog.goo.ne.jp/yoromi0207      

   

よろみ村くらし暦 - ブログ

   を開いています。 併せてぜひご参照ください。

  また、よろみ村では、『よろみ村通信』(編集

   担当・西川寿哉さん、発行所・よろみ村通信館)

   を発行しています。




〈追記〉

   当講座NO.222、284、311、320、327に

      関連記事があります。

  当講座記事NO.222  躍動

          同284 荒磯海今冬一番雪舞台

  同311 レジェンド記者、真実を追う

          同327 能登はやさしや土までも



 

  雪を掘り雪風呂を作り浸かリ雪を楽しむ     

  考える犬 自然に学ぶ 真実を見る   

  遊び心を持つ 人間にまさる犬 

  2022.1.18 

   写真  ブログ『よろみ村くらし暦』から

 

 

 撮影 作田 幸以智さん  


降りつもる雪にたわまぬ松が枝の心づよくも春を待つかな

  『秋篠月清集』より  



 撮影 木偶乃坊写楽斎さん


老いらくの壮士なおあり秋の岳

  無外 吉澤庄作

語りつぎたい黒部人




 手前は氷見海岸、 向かいは糸魚川      

    木偶乃坊写楽斎さん                     

  2022.12.24 午後2時撮影

    写真の右横をクリックすると拡大できます。

    さらにクリックするとさらに拡大できます。

     当講座記事NO.285、高志の荒磯に虹、虹鳥舞うから 




当講座記事NO.229、「自然」に関する全記事




当講座記事NO.327、能登はやさしや土までも

村田啓子さんブログ・よろみ村くらし暦から

  2024.1.21「粉々になって日常」

  2024.1.28 「特別な日常」



2024.2.2 毎日新聞・動画
「とと楽の国」を支える女性たち



2024.2.3 福島民友新聞

 佐山みはるさんのXコメント 2024.1.14
 意見には個人差が有るが、私は学校は
 数ヶ月〜行かなくてもいいと思ってる。  確かに余震は怖いし生活の不便さは続
 くけれど。  家族で支え合い、地域の皆が励まし合
 って復興を目指し頑張る姿を目の当た
 りにするほうが、よっぽど学びになる
 と思う。  子どもが疎開したいと言うなら、行か
 せるしかないが。
    冬牡丹 天衣



当講座記事NO.319から







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【2023年5月25日配信】   マスクをめぐる学校との苦闘                   千葉県 今野 ゆうひ  17歳                          2019年。新型コロナウイルスが突如 として私たちの生活に現れました。何もわ からないまま政府に舵をゆだね、ウイルス の災いとして ”コロナ禍” は四年目に突入し ました。 当時中学三年生だった私の日常も  “コロナ禍” によって一変しました。  外出自粛、一斉休校、ソーシャルディス タンス、マスク、消毒...   それら政策を半ば面白がりながら、20 21年まで三年間、流されて過ごしました。  人との接触をなるべく避けながらいかに 楽しめるか。マスクをしていかにおしゃれ をできるか。いつしか私たちの生活は“コロ ナ禍”ファーストへと姿を変えていました。  2021年、高校一年生になった私も“コ ロナ禍”ファーストな高校生活を送っていま した。  その年の夏、母と私は新型コロナと全く 同じ症状を発症。病院に行っても薬がない ので PCR検査などはしていませんが、あの 症状は確実に新型コロナだったと思います。 その時母と、“コロナ禍” ファーストな生活 をしていても感染はするし、普通の風邪と 同じように治るということに気づきました。  もちろん個人差はありますが、なぜここ まで徹底して感染源を特定したり外出制限 をしたりするのか、その時からじんわりと 疑問が生まれます。  経験は人を変化させますね。  そんなこんなで私と母は、自転車に乗っ ている時だけ。から始まり、すこしずつマ スクを外すことにしました。  ある日、母と一緒に近くの大きめのスー パーで買い物をすることになります。 「注意されるまでマスクしないで入ってみ るわ」  正直遊びの部分もありました。ちょっと 面倒くさくなっちゃったのです。強い意志 もないただのチャレンジだったので、何か 言われたらすぐ付けるつもりでした。  ところが、なんかいけちゃったのです。 一時間弱いたものの、誰にもなんにも言わ れず買い物終了。  なんということでしょう。今までやって きたことはなんだったんだと思うほどあっ けなくチャレンジは成功。今思えば、この スーパーで何か言われていたら、この文を 書くこともなかったで...

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【2022年10月10日配信】      「学生野球考」      慶應義塾大学野球部監督   前田 祐吉   史上最高演技   史上最高選手      勇気ある発言   「オンニ、ここで記念に一緒に撮りましょ」   「オレは笑わないが、笑って何が悪いんだ」    台湾、中国、日本、コロンビア  体操鉄棒4選手     中国・張博恒(左)と台湾・唐嘉鴻   唐 「こんなのもらっちゃったよオレ」   張 「よかったらオイラのもあげるよ」   唐 「そっちのは錆びてるみたいだね」   張 「ほんとだ。だったら交換してよ」   唐 「ならオレのも持ってけよ」   石原裕次郎『錆びたナイフ』  葉隠・武士道を覆す号泣                       「サード!もう一丁!」「ヨーシこい」 と いう元気な掛け声の間に、「カーン」と いう 快いバットの音がひびくグラウンドが 私の職 場である。だれもが真剣に野球に取 り組み、 どの顔もスポーツの喜びに輝いて いる。息子 ほどの年齢の青年たちに囲まれ、 好きな野球 に打ち込むことのできる私は、 つくづく、し あわせ者だと思う。  学生野球は教育の一環であるとか、野球 は人間形成の手段であるということがいわ れるが、私の場合、ほとんどそんな意識は ないし、まして自分が教育者だとも思わな い。どうしたらすべての野球部員がもっと 野球を楽しめるようになるのか、どうした らもっと強いチームになって、試合に勝ち、 選手と喜びを共にできるのか、ということ ばかり考えている。  野球に限らず、およそすべてのスポーツ は、好きな者同志が集まって、思いきり身 体を動かして楽しむためのもので、それに よって何の利益も求めないという、極めて 人間的な、文化の一形態である。百メート ルをどんなに早く走ろうと、ボールをどれ だけ遠くへカッ飛ばそうと、人間の実生活 には何の役にも立たない。しかし、短距離 走者はたった百分の一秒のタイムを縮める ために骨身をけずり、野球選手は十回の打 席にたった三本のヒットを打つために若い エネルギーを燃やす。その理由は、走るこ とが楽しく、打つことが面白いからにすぎ ない。さらにいえば、より早く走るための 努...

381. 現代の課題と統一協会(続き)

 【2025年2月26日配信】        親友ヨッチにささげる手記          -最期まで友情を信じて-                  石川県河北郡津幡町                 書店員 22歳  酒井 由記子  人は、どんな人と巡り合うか、どんな本 と出会うかによって人生が決まってくると、 ある作家が述べていたのをふと思い出す。 私にとってはまさにそうであった。出会っ た人達も書物もとても大きな影響を残し、 忘れられない出来事となっていったのであ る。   一、高校生の頃  今から六年前(1977年)、私は金沢 二水高校の二年生であった。いや二年生と いうより吹奏楽部生というほうが適切であ るほど私は部活動に情熱を注ぎ込んでいた。 みんなでマラソン、腹筋運動をしてからだ を鍛えあげ、各パートごとでロングトーン をして基礎固めをなして、全員そろって校 舎中いっぱいに響きわたるハーモニーを歌 いあげる。それは、先輩、後輩、仲間達の 一致によって一つの音楽をつくり出すとい う喜びを存分に味わった私の青春時代の真 っ盛りであった。ただ残念なことは、部活 動に熱中すればするほど勉強のほうはさっ ぱり力がはいらなかったことである。中学 生のときは、「進学校にはいるために」と いうただそれだけの目的で受験勉強ができ た。しかし、いざ高校にはいってみると、 また「いい大学にはいるために」と先生方 が口をすっぱくして押しまくる文句に素直 になれなかった。勉強する本当の意味が見 出せなかったのである。その頃から、私は 人間は何のために生きるのだろうかという ことまで突っ込んで考えるようになってい った。  父母が書店を経営しているため本は充分 にあり、書物を読むことによって答えを見 出そうとした。私の強い求めに応じるかの ように一冊の本が転がり込んできた。クリ スチャン作家である三浦綾子さんの『あさ っての風』という随筆集であった。聖書の 言葉がそこに登場しており、それはズシリ と心に響いたのである。その本に魅せられ て三浦さんの自叙伝も何冊か読み進めてい った。しだいに私の魂は、人間をはるかに 越えた大いなる存在があることを感じてい った。確信までは至らなかったけれども、 それらの本...
         柿岡 時正
         廣田 克昭
         酒井 與郎
         黒沢  靖
         神尾 和子
         前田 祐吉
         廣田 克昭
         伊藤 正孝
         柿岡 時正
         広瀬 心二郎
         七尾 政治
         辰巳 国雄
         大山 文人
         島田 清次郎
         鶴   彬
         西山 誠一
         荒木田 岳
         加納 韻泉
         沢田 喜誠
         島谷 吾六
         宮保 英明
         青木 晴美
         山本 智美
         匂  咲子
         浅井 恒子
         浜田 弥生
         遠田 千鶴子
         米谷 艶子
         大矢場 雅楽子
         舘田 信子
         酒井 由記子
         酒井 由記子
         竹内 緋紗子
         幸村  明
         梅  時雄
         家永 三郎
         下村 利明
         廣田 克昭
         早津 美寿々
         木村 美津子
         酒匂 浩三
         永原 百合子
         竹津 清樹
         階戸 陽太
         山本 孝志
         谷口 留美
         早津 美寿々
         坂井 耕吉
         伊佐田 哲朗
         舘田 志保
         中田 美保
         北崎 誠一
         森  鈴井
         正見  巖
         正見  巖
         貝野  亨
         竹内 緋紗子
         滋野 真祐美
         佐伯 正博
         広瀬 心二郎
         西野 雅治
         竹内 緋紗子
         早津 美寿々
         御堂河内 四市
         酒井 與郎
         石崎 光春
         小林 ときお
         小川 文人
         広瀬 心二郎
         波佐場 義隆
         石黒 優香里
         沖崎 信繁
         山浦  元
         船橋 夕有子
         米谷 艶子
       ジョアキン・モンテイロ
         遠藤  一
         谷野 あづさ
         梅田 喜代美
         小林 ときお
         中島 孝男
         中村 秀人
         竹内 緋紗子
         笠尾  実
         前田 佐智子
         桐生 和郎
         伊勢谷 業
         伊勢谷 功
         中川 清基
         北出  晃
         北出  晃
         広瀬 心二郎
         石黒 優香里
         濱田 愛莉
         伊勢谷 功
         伊勢谷 功
         加納 実紀代
         細山田 三精
         杉浦 麻有子
         半田 ひとみ
         早津 美寿々
         広瀬 心二郎
         石黒 優香里
         若林 忠司
         若林 忠司
         橋本 美濃里
         田代 真理子
         花水 真希
         村田 啓子
         滋野 弘美
         若林 忠司
         吉本 行光
         早津 美寿々
         竹内 緋紗子
         市来 信夫
         西田 瑤子
         西田 瑤子
         高木 智子
         金森 燁子
         坂本 淑絵
         小見山 薫子
         広瀬 心二郎
         横井 瑠璃子
         野川 信治朗
         黒谷 幸子
         福永 和恵
         小社発信記事
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         秋山 郁美
         加藤 蒼汰
         森本 比奈子
         森本 比奈子
         吉村 三七治
         石崎 光春
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         中野 喜佐雄
         八木  正
         堀  勇蔵
         家永 三郎
         広瀬 心二郎
         菅野 千鶴子
         海野 啓子
         菅野 千鶴子
         海野 啓子
         石井 洋三
         小島 孝一
         キャリー・マディ
         谷本 誠一
         宇部  功
         竹内 緋紗子
         谷本 誠一
         酒井 伸雄
163、コロナ禍の医療現場リポート
         竹口 昌志
164、この世とコロナと生き方を問う
         小社発信記事
165、コロナの風向きを変える取材
         橋本 美濃里
166、英断の新聞意見広告
         小社発信記事
167、ワクチン接種をしてしまった方へ
         小社発信記事
168、真実と反骨の質問
         小社発信記事
169、世論を逆転する記者会見
         小社発信記事
170、世界に響けこの音この歌この踊り
         小社発信記事
171、命の責任はだれにあるのか
         小社発信記事
172、歌人・芦田高子を偲ぶ(1)
         若林 忠司
173、歌人・芦田高子を偲ぶ(2)
         若林 忠司
174、歌人・芦田高子を偲ぶ(3)
         若林 忠司
175、ノーマスク学校生活宣言
         こいわし広島
176、白山に秘められた日本建国の真実
         新井 信介
177、G線上のアリア
         石黒 優香里
178、世界最高の笑顔
         小社発信記事
179、不戦の誓い(2)
         酒井 與郎
180、不戦の誓い(3)
         酒井 與郎
181、不戦の誓い(4)
         酒井 與郎
182、まだ軍服を着せますか?
         小社発信記事
183、現代時事川柳(六)
         早津 美寿々
184、翡翠の里・高志の海原
         永井 則子
185、命のおくりもの
         竹津 美綺 
186、魔法の喫茶店
         小川 文人 
187、市民メディアの役割を考える
         馬場 禎子 
188、当季雑詠
         表 古主衣 
189、「緑」に因んで
         吉村 三七治 
190、「鶴彬」特別授業感想文
         小社発信記事
191、「社会の木鐸」を失った記事
         小社発信記事
192、朝露(아침이슬)
         坂本 淑絵
193、変わりつつある世論
         小社発信記事
194、ミニコミ紙「ローカル列車」
         赤井 武治
195、コロナの本当の本質を問う①
         矢田 嘉伸
196、秋
         鈴木 きく
197、コロナの本当の本質を問う②
         矢田 嘉伸
198、人間ロボットからの解放
         清水 世織
199、コロナの本当の本質を問う③
         矢田 嘉伸
200、蟹
         加納 韻泉
201、雨降る永東橋
         坂本 淑絵
202、総選挙をふりかえって
         岩井 奏太
203、ファイザーの論理
         小社発信記事
204、コロナの本当の本質を問う④
         矢田 嘉伸
205、湯の人(その2)
         加藤 蒼汰
206、コロナの本当の本質を問う⑤
         矢田 嘉伸
207、哲学の時代へ(第1回)
         小社発信記事
208、哲学の時代へ(第2回)
         小川 文人
209、コロナの本当の本質を問う⑥
         矢田 嘉伸
210、読者・投稿者の方々へお願い
         小社発信記事
211、哲学の時代へ(第3回)
         小社発信記事
212、哲学の時代へ(第4回)
         小社発信記事
213、小説『金澤夜景』(2)
         広瀬 心二郎
214、小説『金澤夜景』(3)
         広瀬 心二郎

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