297. あの日のこと
【2023年3月11日配信】
春の朝変わらぬ願い十二年
気仙沼市 菅原 千鶴子
〈参考〉
あの日の願い
菅野 綾乃
あの日、私は中学一年生だった。
あの夜、私は学校で過ごした。
家に帰れなかった。
両親、祖父母、妹、
伯父さん、叔母さんたちは無事だろうか。
みんな私のことを心配しているだろう。
いっしょにいる友だちも
みんな同じ思いだろう。
結果の悲劇は今も語りたくない。
学校が恐ろしい津波の海の中にあった。
学校はこの波に耐えられるのだろうか。
私は死を覚悟した。
それでもその時、私は願った。
友だちや先生、職員の家族、町の人たち
みんなの無事と幸福を。
この思いを私は今も大切にしている。
(当講座記事NO.239「哲学の時代へ」第8回から)
歌 楊姬銀
いろり辺に生きた人らと酒をくむ人みな同じ輝いて見ゆ
『原発は差別で動く
反原発のもうひとつの視角』
八木正編著
(明石書店.1989.新装版2011/6)
研究ノート「〈場場からの声〉は届いたか?」
三浦耕吉郎・関西学院大学教授
追記 当講座記事NO.296から
愛するふるさとを死守した珠洲の人たち
震源は、
関電珠洲原発立地予定だった真下である。
あの時関電は絶対安全を毎日唱っていた。
この地震はその関電の嘘を証明している。
絶対危険だったのである。珠洲の人達は、
原発を拒絶し「わが郷土」「日本海」を
守ったのである。「叡智」ある判断をし、
その正しさ賢明さが実証されたのである。
かつ、人類への警鐘を鳴らしたのである。
そしてこの地震のメカニズムは、
一体全体流体どうなっているのだろうか。
また、これから何をどうするのだろうか。
これまでどおりほったらかすのだろうか。
ほったらかすしかすべがないのだろうか。
人知では何もできないということなのか。
神のみぞ知ることなのということなのか。
これでは有史以来何も進歩がないのでは。
気象庁、国家、県の存在意義が問われる。
当てにできないものにはもはや頼れない。
ひょっとして、封印されていた
流体の神々が世直しのため現れたのではないか。
宗像三女神・多紀理姫の蘇りか。
さらに、渟名河姫、瀬織津姫も。
ならば、
今こそ舞い打ち鳴らせ正義と慈悲の流神と共に。
日本列島の地質、断層、原発の危険性を詳解。
青森県の再処理施設は人類生存の与奪を握る。
自滅兼世界破壊装置がそこにあるとも言える。
この怖ろしい物を誰が作り管理しているのか。
言い換えればこの施設の管理者も核のボタン
を持っているということになるのではないか。
2023.11.1 佐藤章さん、政府.東電の嘘を許すな