ユーモア文芸「段駄羅」
【2020年9月11日配信 NO.20】
勝負の世界
石川県輪島市 島谷 吾六
段駄羅(だんだら)なる文芸は、およそ百
五十年もの間他のどこにも存在せず、輪島市
にのみ定着し、多数の作句者を持ち続けた時
期もあり、漆器職場に絶えず笑いの種をまき
散らしていて、日常の生活の伴侶として親し
まれてきたユーモア文芸です。
この段駄羅は、俳句、川柳と同型の十七文
字詩ですが、その特徴は、五七五の中七を二
種の異なる意味に詠み分けられる字句を工夫
選択して句作するものです。故に、十七文字
のうちの上五と中七とで一句、そして中七と
下五とでもう一句、つまり十七字のなかに十
二字ずつの文句が二句同居しているのです。
従って、上五と下五とは無縁なのです。
この段駄羅には「本もじり」と「棒もじり」
の二種類あり、本もじりは中七の句読点の位
置の異るもの、棒もじりは中七の句読点の位
置の同じものです。
例句「本もじり」
夜遊びにとがしまったで勧進帳
(戸が閉まったで)
(富樫待ったで)
例句「棒もじり」
梅雨明けてそらはれてきた打出傷
(空晴れてきた)
(そら腫れてきた)
本もじりは、ちょっと作句はむずかしいで
すが、音読して妙味があり、棒もじりも一字
でも多く動いているほど佳句なのです。
往時、作句の盛んだった頃は、中七を仮名
文字一行に書き、詠む人これを二種に詠み分
け判読して、ああそうかと了解して楽しみを
分かったものなのですが、およそ三十年余り、
ほとんど句作しなかった時期があったため、
現在、その様式では通用しませんので、創始
者には相すまない改悪ですが、詠みの答えを
出して、中七を二行に書いているのです。
さて、この明朗な愛嬌者も、世相すべてが
急テンポを要する時の流れには抗し得ず、俳
句・川柳よりも作句思索に時間を費やすため
か敬遠されて、今やまさに絶滅寸前の状態で
す。故に、ここに段駄羅の起源及び経路を述
べたいのですが、冗漫なれば、閑話休題。以
下に老骨の、消滅するものへの感傷懐古趣味
の段駄羅眼鏡を透かして見た、勝負の世界の
観戦記を報告させていただきます。
相撲段駄羅
両力士立つ気になった
生計担った若主人
十五夜の月に雲なく
突きに苦もなく勝ち続け
買い込んでまたもや蔵に
またも櫓に星稼ぐ
炎天に畑枯れたので
はたかれたので前に落ち
悪徳商人取った利凄い
とったりすごい放れ技
玄関の衝立を見た
付いた手を見た行司の眼
野球段駄羅
灰色政治家葬らんかと
ホームランかと空仰ぐ
牡蠣を買いフライにしょうと
フライにショート身構える
難球をよう捕ったので
酔うとったので覚えなし
毛色シャツマダム編んだを
未だ無安打をくやしがり
惜しいかな牽制球に
県政急に替えられず
捕手敏く盗塁を見る
刀類をみる鑑定家
将棋段駄羅
敵は今香突くだろう
今日着くだろう荷物待つ
新年の慶賀うれしや
桂が嬉しや王手飛車
手持駒金桂と角
謹啓と書く書簡文
歩を打たれ角死にかかる
隠しにかかる裏資金
逃げ込んでかくまってくれ
角待ってくれヘボ将棋
児が甘え負うて負うてと
王手王手と攻め立てる
泉水の鯉に麩をやる
故意に歩をやる序盤戦
小社発行・『北陸の燈』第4号より