街角ルポ
【2020年10月15日配信 NO.42】
大杉拓弥さんに聞く
リポーター
石川県小松市 永原 百合子
車イスで簡単に入れる店は少なく、捜し疲
れと空腹にしっかり負けてしまい、「ええい、
もうどこでもいいわ」と飛び込んだのが、小
松駅前れんが通りの店・純喫茶「ブルボン」
との出会いである。
店内は十五坪、段差はなく、入口も車イス
がかろうじて通れるくらいの小ぢんまりとし
た店である。(昨年秋、改装して入口は自動
ドアになり、車イスも楽に通れ、トイレも広
くして3ヶ所手すりをつけてある。)
「車イスの幅は何センチ?」
最初にマスターに投げかけられた実に唐突
な問いであったが、話していくうちに、マス
ター自身が障害をもっており、改装を機会に
誰でも自由に入れる店にしたいということが
わかった。
それから半年以上たつが、取材の機会を得
て再び訪ねることになった。
えー……。
「何から話そうてか(笑)」
マスター、この店始めて何年くらい?
「もう十八年たつね。水商売に入ったのは十
九歳の時やから、二十八年間この商売やって
ることになるね」
じゃあ、ずうっと小松のほうで……。
「いや、最初は東京、大阪と……」
それから小松へ? もとから小松の人じゃ
ないの?
「いや、小松生まれや。高校まで小松や。だ
からみんなにそんな話すると、結局、小松に
おって喫茶店するために東京とか大阪に修行
に出たんかっていうけど、そんなことないん
や。この商売入ったのも、入りたくて入った
んじゃないんや。僕らのそんな時代いうたら、
なんちゅうかな……、ちゃんとしたええとこ
の息子を、お父さんがしこもうとして修行に
出すわけやろ。僕いうたら、食うために働い
とるうちにこの仕事に入って、いつの間にか
この仕事が好きになっていたということやな。
そやけど、今の人らは違うやろ。食うため
に仕事せんがいね。今は豊かな時代で、むし
ろ自分のしたいことのために仕事するって感
じやろ。僕の時代いうたら、食うために必死
やったからね。だけど、いいこというたら、
自分のしたいことと仕事が一致すれば一番い
いことやな」
そりゃそうやね。
「ね!」
じゃあ、結婚されてどのくらい?
「開店と同時に。十八年になるね」
従業員の人が三人と、奥さんと五人で?
「従業員は一人。もう一人の娘はアルバイト
で、それと家内と見習いの男の人とで……。
従業員の中田さんも変わった娘でね。あの
娘にビックリしたのは、以前いわゆるええと
この会社におったんやけどね、そこ辞めてき
たんやな。働きがい、生きがいがないと……。
自分が生かされる仕事は、ここやいうてね。
僕らの時代は、少しでも金の入るとこ選んだ
のにね。だから、今の人たちは違うなあ……
とね」
マスターとの出会いは実に偶然やったけど、
初めてかわした言葉が、「車イスの幅は何セ
ンチ?」って、あれには驚いてねぇ。
「うん、偶然やね。たとえばね……、心の障
害のある人を精神病者いうて、隔離するよね。
今の世の中に百人しかおらんとして、百人の
うち八十人が心に障害のある人で、あと二十
人が普通やというとしたら、はたして、どっ
ちが精神病なのかわからん。ただ、僕らと少
し違うだけで、差別しとるんじゃないかって
反省は、たえずあるね。
この間テレビ見とったら、アフリカが、か
んばつでね。全人口四億何千万おる中で一億
五千万人の大人や子供たちが苦しんどるんや
なあ。そやし、ごはん食べる時でも、『お前
本当にごはん食べるだけの価値のある人間か
?』って自分に問いかけてみるんや。ひょっ
として自分が食う分、アフリカの人たちが食
ったほうが、もっといいんかもしれんし……。
そう思うとむだには生きとられんような気
がして、何か自分にできる仕事があるんじゃ
ないかと……。人間だから、生きてくのがイ
ヤになる時もあるわね。けど、そんな人たち
のこと思うと、こりゃただでは死ねんとね」
マスターは身体に障害をもっておられるわ
けやけど、いったいいつから?
「これもズッと先天性股関節脱臼やと思とっ
たんやね。そしたら昨年秋、機会あって、徹
底的に調べてもらおうと思って病院行ったら、
ヘルペスいうて股関節の骨頭の病気なんやっ
て。悪い形のまま固まってしもうとるから、
先生は治る見込みがないっていうわけや。
そやけど、治る見込みがない言われても、
僕は落胆せんのや、今となったらね。今まで
こうしてきてねぇ」
ホントや、急に治ったらどうしよう。
「(笑)だけど、ひょっとして生まれかわる
とかそんなことがあるとしたら、僕は、とに
かくマラソンを完走したいね」
正直な話、そうやね。
「そうやろ。それから以前東京におった時に
障害者のグループに、まぜてもらったことが
あったんやね。その中の女性障害者がね、と
ても明るい人でね。言語障害もヒドクて……、
だけどその人が、今まで人にしてもらってい
たトイレ介助を、努力の末自分でできるよう
になったと聞いた時、スゴイなあと……。
その人は、ズッと人に頼まんなんわずらわ
しさとか、恥ずかしさに耐えてきたわけやろ。
僕らにはトイレは一人でできるのは当り前な
んやけど、その人は耐えるだけじゃなかった
んやね。
その耐えるってことやけどね、人間なんて
ズッーと”耐えて生きろ”ということはないと、
僕は信じるね。今は耐えんなんような辛いこ
とがあっても、がまんせんとそれを自分の力
で切り開いていくように生命(いのち)が与
えられていると、僕は思うんやね。
そやし、がまんばっかりして努力せんだら、
その人、ひきょうやと思うんや。だって、自
分のしたいことをいろいろ工夫してやってみ
るのと、何もせんとがまんしとるのと、どっ
ち楽やと思う?
何もせんほうが楽しとると僕は思う。そん
なんやったら、何のために生れてきたんや。
だから、障害者も遠慮せんと出かけてほし
いよ。僕がね、街を歩いとると、バスの中か
らあいさつしてくるんやね。『あっ、ブルボ
ンのマスターや』ってね。遠くからでもわか
るんやね。僕は相手がわからんでもね。だか
ら僕は、『ブルボン』っていう、ただの看板
しょっとるなあと思うね」
じゃあ、これからのマスターの夢とか希望
などある?
「うーん、ホントの夢いうたら、さっきいう
たマラソンを完走することや。これからの希
望いうたら、いろいろな人たちとこの店で出
会うこと。そしてガンバッとる人に出会った
ら、『おっ、自分もガンバラなあかん』って、
元気出るし、悩んどる人に出おうたら一生懸
命生きとる人のこと話してあげたい……」
マスターは、一時間余りにわたる取材に快
く応じてくれ、このほかたくさんの話を聞か
せてくれました。
従業員の中田さん、アルバイトの福光さん
にマスターの印象を聞いてみると、
「厳しい人、優しい人、若い!」
という応えが返ってきた。
それはきっと、マスターが、たえずいろん
なことを考え、挑戦しているからだと、ふっ
と思った。
ママ「淳子」さんは、にこやかな人で、中
田さんたちに言わせると、「ひょうきん」な
のだそうだ。
ちなみに「ブルボン」自慢のメニューは、
コーヒーはもちろんのこと、手づくりカレー、
ソースたっぷりのスパゲティ。ケーキ、アイ
スクリームもマスター手づくりだという。
末記になって、私事ではあるが、店内は清
潔で、「スカッとさわやか○○○○」とか、
「ホット一息○○コーヒー」などという、け
ばけばしいポスターがなくて、ホントにうれ
しかったことを記しておきたい。
小社発行・『北陸の燈』第3号より
第12回「現代の声」講座提言者
テーマ:私を生きる