教育の原点を求めて

【2020年10月18日配信 NO.43】

            小社取材記事


 竹津清樹さんに聞く


 石川県羽咋郡志雄町立志雄中学校教諭の竹

津清樹さんにインタビューを申し込み、9月

22日、放課後、同校を訪問した。たまたま

職員室前で生徒会長の山本孝志君に出会い、

同君も交えて対談した。 

 また、この日は父兄の部活動参観日でもあ

り、筆者も父兄の方々といっしょに部活動を

見せてもらった。生徒・先生・父兄それぞれ

真剣な表情で一生懸命であった。

 山本君も、三年生にもかかわらず、部活動

(卓球部)に参加していたのが印象的であっ

た。


 「先生は、志雄中学校はいくつめの学校で

 すか」

竹津 私は、最初は富山県で採用されました

ので、大学を出てすぐに富山市の芝園中学校

に二年間いたんです。それから石川県に戻っ

て、金沢市の東浅川中学校に三年、羽咋郡志

賀町の高浜中学校に六年、そして、今年の四

月に志雄中に赴任したんです。今、二年生の

クラス担任をしています。


 「そうすると、今年で十二年目になるわけ

 ですね」

竹津 そうですね。教員としては、まだ若い

 年代になると思いますが、だんだん慣れて

 きて、ちょっと怖くなってきたような気も

 しているんです。


 「怖くなってきたといいますと……」

竹津 生徒の一生に何らかの影響を与えると

いう点においてです。

 教員になりたての頃は、ただがむしゃらに

やっていたのですが、自分が結婚もし、子ど

ももできる年になってくると、だんだんと、

今まで見えなかったものが、自分でもいやに

なるほど見えてくるんです。

 生徒の進学の指導をしたり、授業で教科を

教えたり、あるいは部活動をみたりするにし

ても、相手の生徒が生身の人間ですから、自

分が生徒たちに話すことに対して、「これで

よいのだろうか」「これでよかったのかな」

と、最近、とくに思うようになってきたんで

す。


 「でも、それが教師の当然の使命ではない

 のですか。そんな悩める先生は、すばらし

 いと思いますが」

竹津 どうですかねえ……。 最近は悩まない

先生が多いみたいですよ。私よりももっと若

い年代の先生方と話していると、教育に対す

る情熱というより、単なる安定した職業とい

った意識で教員になる人が多いようにも思い

ますね。


 「先生というのは、実際、そんなにいい職

 業なんですか。かなりきついお仕事だと思

 いますが……」

竹津 真剣にやると、からだがもちませんよ。

実際、何から手をつけてよいかわからないく

らいです。自分もどっかで妥協しているよう

な気もします。


 「山本君は、竹津先生をどう思いますか」

山本 ぼくは卓球部で、部活動でしか先生を

知りませんが、毎日顔を出して教えてくれま

したので、いい先生だなと思っています。

竹津 (笑)別にお世辞を言わんでもいいが

やぞ。


 「先生は、卓球はうまいんですか」

竹津 それほどでもないのですが、大学のと

き卓球部でちょっとやってまして、へたくそ

なんですが、どういうわけか羽咋市の卓球協

会の理事をしていて、たまに県の大会なんか

に出てるんです。

 あまり勝ったためしがないのですが……。

山本 竹津先生はすぐ謙遜するんです。かな

りの腕前ですよ。


 「そうなんですか。……  じゃあ、竹津先生

 とかということは別にして、山本君は、ど

 んな先生がすきですか」

山本 そうですね……。  やっぱ自分を常に信

頼してくれている先生ですね。テストが悪か

ったり、何かを失敗したときでも、怒るばっ

かりでなく、励ましてくれるとうれしいです。

 また、掃除の時間に、ぼくらといっしょに

掃除してくれたり、給食の時間にも、ぼくら

といっしょに教室で食事する先生です。

 朝、廊下であったら「おはよう」、帰りは

「さよなら」とあいさつしてくれる先生。え

こひいきのしない先生。

竹津 (笑)痛いことばかり言うね。まだほ

かにあっか。

山本 それから、部活動に必ず顔を出す先生

……(笑)。


 「先生は、顔を出していてよかったですね」

竹津 (笑)なんかそうみたいですね。

山本 でも、竹津先生の評判はとてもいいで

すよ。


 「今までに尊敬する先生はいましたか」

山本 はい。ぼくの中二の担任だった北山先

生です。

 ぼくは、どういうわけか小学生の頃からず

っと精神的に弱いところがあったんです。ク

ラスの会長をしてたのですが、どうもみんな

の意見をまとめたり、また、積極性にも欠け

るところが多かったんです。

 それで、どうしたらいいか悩んでいたとき

に、北山先生から、おまえが強くなるしかな

い、何事も恥ずかしがるな、自分が正しいこ

とと思ったら、ひとりでもやっていけと言わ

れたんです。そのときから、何でもまともに

正面からぶつかっていこうと決めて、がんば

ってみたんです。

 北山先生は、学校が終わってからも熱心に

生徒ひとりひとりを指導しておられたようで

す。

竹津 なるほど……。いい話やね。


 「そうですね。……ところで、山本君は、

 卒業後の進路はもう決めたのですか」

山本 ええ。石川工専へ行きたいと思ってい

ます。


 「そうすると、もう就職の方向も考えてい

 るんですか」

山本 そうです。ぼくはハムが好きで、小学

校六年のときから、いろんな人と交信してる

んです。最近は、土曜日の夜しかやってませ

んが。


 「どのあたりまで交信できるのですか」

山本 北は中島町から、南は金沢市ぐらいま

でです。


 「それは、なかなかおもしろいですね」

山本 たくさん友だちができて、その友だち

とたまに会って、いろんなことを話し合った

りもしました。

 ですから、電気の機械なんかをさわったり

するのが好きなんです。それで将来、電気技

師になりたいなあと思っているんです。


 「そうすると、電気科ですね」

山本 そうです。


 「じゃあ、がんばってください。合格をい

 のってます。

  でも、よく自分の目標を早く決められま

 すね。竹津先生は、中学生のときはどうで

 したか」

竹津 そうですね。高校へ行くことだけで勉

強してたように思います。教員になろうと思

ったのも大学四年になってからでしたね。


 「私も中学時代は、竹津先生といっしょで

 したね。でも、山本君には何か教えられま

 すね。大学へ行って勉強したいという気は

 ないのですか」

山本 ええ。少しでも早く専門の勉強がした

いんです。ただそれだけなんですけど。


 「今までの中学生活で一番の思い出は何で

 すか」

山本 そうですね。一年生のときの校内音楽

会で、ぼくは指揮者をしたのですが、みんな

本当に一生懸命やって、結果は三クラス中、

二位だったんですが、一番印象の深い出来事

でした。

 それと、今年の春、志雄中で生徒同士のち

ょっとした暴力事件があったのですが、これ

が一番残念な思い出です。

 これから部活動もあり、それを今ここで話

すと長くなりますので、もしよろしければ、

あとでこのときの気持ちを書いて送ります。


 「じゃあ、お待ちしています。それから、

 生徒会長になった動機も、よかったら書い

 てくれませんか」

山本 わかりました。では失礼いたします。



 部活動が終わり、再び竹津先生に話を聞い

た。


 「最近、ニュースを見ると、中学生の非行

 とか校内暴力といった事件がよく起きてい

 ますが、先生はこの風潮をどう思いますか」

竹津 そうですね。このあたりの中学生は、

都会に比べておとなしい生徒ばかりですが、

そのうちだんだんと都市型になってくるかも

しれませんね。私たち教師の側にも責任があ

るように思います。さっき山本君が指摘して

たように、教師も生徒といっしょに掃除した

り、校庭の草をむしったり、やはり部活動に

も毎日顔を出すことも大事でしょうね。

 これは、私の友人のお母さんから聞いた話

ですが、その方はある学校の用務員をなさっ

ていて、家へ帰ってからよく、「学校の先生

はしゃば知らずだ」と言うのが口癖なんです。

それで私が、どうしてですかと聞いてみると、

いつも先生方から、預金をおろしてこいだの、

お菓子を買ってこいだの、お茶を入れろだの、

あげくのはては、テストの印刷までさせる。

子どもに掃除をさせても自分は何もしない。

部にもでない。自分で修理できるものでも、

教育委員会へ頼んでいる。そして、職員室で、

お互い同士を何とか先生と先生づけで呼び合

って、あの子は頭が悪い、この子はどうしよ

うもない子だとか大声で言っている。自分が

一番頭が悪いのにね……。 私は、このお母さ

んの言葉を座右の銘にしてるんです。


 「だいぶ当たっているんじゃないですか」

竹津 そうですね。でも、こんなことを言わ

れないようにすることから始めなければなら

ないと思いますね。


 「私は、四、五年前、ある小学校の卒業式

 の日に、たまたま仕事でその学校の給食室

 にいたんですが、卒業生の女の子ふたりが、

 式が終わって給食室へ来て、給食のおばさ

 んたちに、六年間お世話になり有難うござ

 いましたと言って、何かプレゼントしてい

 た場面に出会ったことがあるんです。

  おばさんたちは、こんなことをしてもら

 ったのは初めてだ、自分の子どもにもきょ

 うのことを伝えなくてはと言って感激して

 いましたが、何か教育の本質というのはこ

 んなところにあるのではないかと、そのと

 き思ったのですが……」

竹津 同感ですね。用務員の方や給食の調理

士の方のほうが、よく人を見ていると思いま

す。私もおばさんたちにきらわれないように

したいですね。

 やはり教師は、教科を教える技術ももちろ

ん大切ですが、子どもといかに人間的な触れ

合いができるか、さっき山本君も言ったよう

に、心から信頼し合えるかということが最も

大切なことだと思います。

 給食室に行ったその子たちの親、先生方は、

きっとすばらしい方々だと思いますよ。


 「でも、実際、非行などと世間で言われて

 いるものの原因はどんなところにあるんで

 しょうか。よく親の責任とか、教師の責任、

 あるいは社会の責任とか言われていますが

 ……」

竹津 どうなんでしょうかねえ……。  本人が

一番いけないのかもしれませんが、すべて子

どもの非とするには酷だと思います。ケース・

バイ・ケースだとも思いますが、すべての人

に責任があるのじゃないですか。親だけでは

どうしようもないこともあるし、教師だけで

もどうすることもできないこともある。

 私は、一般に言われているように、学歴偏

重の競争社会のひずみだとかといったとらえ

方はしたくないんです。問題は、いかなる社

会であろうと、子どもの幸せ、ひいては人間

の幸せというものが、どこにあるかというこ

とではないかと思います。まず大事なことは、

自分の頭で物事を正しく考え判断できるーー

そういう子どもをみんなで育てることではな

いでしょうか。それには、子どもだけでなく、

すべての人間の生き方を問うという問題にな

ってくるでしょうね。

 今、一番そのことが問われているときのよ

うな気がします。


 「長い間、有難うございました。最後に竹

 津先生の教師としての今後の取り組みを聞

 かせていただけませんか」

竹津 はっきり言って、今の教育は何から手

をつけていっていいかわからない状態にある

と思います。

 私は、今、二年生の数学を受け持っている

のですが、教師と生徒との最大の接触点は授

業にあると思うんです。それで、みんなにわ

かる授業、生徒と心が通じ合える授業を心が

けていきたいと思っています。生徒たちがい

つも顔を上げて自分のほうを見ているか、真

剣に考えているかとか、自分の教え方がまず

くはないだろうかとか、そんなことを考えな

がらやっているんです。また、生徒のほうで

も、授業でわからなかったらわかるまで、職

員室でもどこにでも食いついてきてほしいと

思います。

 自分の能力の限界も感じますが……、でも、

自分で望んで教員になったのですから、微力

ですが、やはり自分のできる限りの努力だけ

は、精一杯していきたいですね。


 帰りがけに教頭の上野先生にあいさつした

ときに、上野先生から、今年の7月17日に

行なわれた「親と子の語る会・青少年意見発

表会」(志雄町・志雄町教育委員会主催)で、

同校の二年生・階戸陽太君と前述の山本君の

意見発表した原稿を見せてもらった。

 後日、階戸君にこの意見発表文の本誌掲載

をお願いすると快く了解してくれた。また、

山本君からは、9月27日に、試験を翌日に

控えながらも徹夜で書いたという原稿が速達

で送られてきた。

 若い両君と志雄中の先生方に感謝し、本号

に併せて掲載した。




    小社発行・『北陸の燈』創刊号より

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 【2022年11月22日配信】   大きな便り                       加藤 蒼汰          秋とはいっても冬のような寒い夜だった。 浴室にはだれもおらず、脱衣場には番台に 座っている銭湯の主人と私ともうひとり。  その人は銭湯の近所の人であり、かつて 高校の教員をしていた。在職当時、馳浩・ 現石川県知事を教えていたと語っている。 八十歳を超えている。  この銭湯でよく顔を合わせ、会うたびに 知事の高校在学中のエピソードを繰り返す ので、私はその話の内容をすっかり諳んじ られるようになってしまった。高校入学時 から卒業までの様子、レスリング部での活 躍などであるが、私が特に感銘を受けた話 は、知事は高校時代、冬、雪が降り積もっ た朝には真っ先に早出登校して、生徒・教 職員を思いやり、校門から校舎玄関入り口 までの路をひとりスコップで雪かきをして いたというくだりである。  そんなすばらしい教え子をもつ元先生が、 服を脱ぎ裸になって浴室入り口に向かって 五、六歩あるきながら大便を三個落とした のである。気づかずに落ちたようなので、 私は「先生、落としもの」と声をかけると、 「ありりー、まったく気いつかんかった。 あはははは」と笑うのである。  私は、脇にあったチリトリでこの塊をす くいとり、「みごとな色と固さやね」と言 いながらトイレに流した。しかしながら、 脱衣場にはその匂いが全面に沁みわたり、 息が苦しくなるほどだった。このとき私は、 幼いころサーカスを見たときのことを思い だした。  それは曲芸をしていた象が巨大な大便の 塊を三個落とし、団員があわててスコップ で拾いあげていた光景であった。このとき の衝撃の記憶がよみがえり、私にとっさに チリトリを思いつかせたような気がする。 本を読んでいた番台の主人もその匂いで事 のいきさつに気づき、「匂いもすばらしい ね」と笑いながら脱衣場の窓を全開し床を 雑巾でふいてくれたが、その強力な匂いは 容易に消えなかった。  その間、先生は先に浴槽へ入り、気持ち よさそうに浸かっていた。私は先生と湯壺 にいっしょに漬かることに一瞬躊躇したが、 免疫機能が高まるまたとないチャンスでは ないかとの思いも何ゆえか突然こみあげて きて湯船に同席、お伴したしだいである。 ...

303. 教え子を再び何処へ送るのか

【2023年5月25日配信】   マスクをめぐる学校との苦闘                   千葉県 今野 ゆうひ  17歳                          2019年。新型コロナウイルスが突如 として私たちの生活に現れました。何もわ からないまま政府に舵をゆだね、ウイルス の災いとして ”コロナ禍” は四年目に突入し ました。 当時中学三年生だった私の日常も  “コロナ禍” によって一変しました。  外出自粛、一斉休校、ソーシャルディス タンス、マスク、消毒...   それら政策を半ば面白がりながら、20 21年まで三年間、流されて過ごしました。  人との接触をなるべく避けながらいかに 楽しめるか。マスクをしていかにおしゃれ をできるか。いつしか私たちの生活は“コロ ナ禍”ファーストへと姿を変えていました。  2021年、高校一年生になった私も“コ ロナ禍”ファーストな高校生活を送っていま した。  その年の夏、母と私は新型コロナと全く 同じ症状を発症。病院に行っても薬がない ので PCR検査などはしていませんが、あの 症状は確実に新型コロナだったと思います。 その時母と、“コロナ禍” ファーストな生活 をしていても感染はするし、普通の風邪と 同じように治るということに気づきました。  もちろん個人差はありますが、なぜここ まで徹底して感染源を特定したり外出制限 をしたりするのか、その時からじんわりと 疑問が生まれます。  経験は人を変化させますね。  そんなこんなで私と母は、自転車に乗っ ている時だけ。から始まり、すこしずつマ スクを外すことにしました。  ある日、母と一緒に近くの大きめのスー パーで買い物をすることになります。 「注意されるまでマスクしないで入ってみ るわ」  正直遊びの部分もありました。ちょっと 面倒くさくなっちゃったのです。強い意志 もないただのチャレンジだったので、何か 言われたらすぐ付けるつもりでした。  ところが、なんかいけちゃったのです。 一時間弱いたものの、誰にもなんにも言わ れず買い物終了。  なんということでしょう。今までやって きたことはなんだったんだと思うほどあっ けなくチャレンジは成功。今思えば、この スーパーで何か言われていたら、この文を 書くこともなかったで...

275. スポーツを文化にするために

【2022年10月10日配信】      「学生野球考」      慶應義塾大学野球部監督   前田 祐吉   史上最高演技   史上最高選手      勇気ある発言   「オンニ、ここで記念に一緒に撮りましょ」   「オレは笑わないが、笑って何が悪いんだ」    台湾、中国、日本、コロンビア  体操鉄棒4選手     中国・張博恒(左)と台湾・唐嘉鴻   唐 「こんなのもらっちゃったよオレ」   張 「よかったらオイラのもあげるよ」   唐 「そっちのは錆びてるみたいだね」   張 「ほんとだ。だったら交換してよ」   唐 「ならオレのも持ってけよ」   石原裕次郎『錆びたナイフ』  葉隠・武士道を覆す号泣                       「サード!もう一丁!」「ヨーシこい」 と いう元気な掛け声の間に、「カーン」と いう 快いバットの音がひびくグラウンドが 私の職 場である。だれもが真剣に野球に取 り組み、 どの顔もスポーツの喜びに輝いて いる。息子 ほどの年齢の青年たちに囲まれ、 好きな野球 に打ち込むことのできる私は、 つくづく、し あわせ者だと思う。  学生野球は教育の一環であるとか、野球 は人間形成の手段であるということがいわ れるが、私の場合、ほとんどそんな意識は ないし、まして自分が教育者だとも思わな い。どうしたらすべての野球部員がもっと 野球を楽しめるようになるのか、どうした らもっと強いチームになって、試合に勝ち、 選手と喜びを共にできるのか、ということ ばかり考えている。  野球に限らず、およそすべてのスポーツ は、好きな者同志が集まって、思いきり身 体を動かして楽しむためのもので、それに よって何の利益も求めないという、極めて 人間的な、文化の一形態である。百メート ルをどんなに早く走ろうと、ボールをどれ だけ遠くへカッ飛ばそうと、人間の実生活 には何の役にも立たない。しかし、短距離 走者はたった百分の一秒のタイムを縮める ために骨身をけずり、野球選手は十回の打 席にたった三本のヒットを打つために若い エネルギーを燃やす。その理由は、走るこ とが楽しく、打つことが面白いからにすぎ ない。さらにいえば、より早く走るための 努...

381. 現代の課題と統一協会(続き)

 【2025年2月26日配信】        親友ヨッチにささげる手記          -最期まで友情を信じて-                  石川県河北郡津幡町                 書店員 22歳  酒井 由記子  人は、どんな人と巡り合うか、どんな本 と出会うかによって人生が決まってくると、 ある作家が述べていたのをふと思い出す。 私にとってはまさにそうであった。出会っ た人達も書物もとても大きな影響を残し、 忘れられない出来事となっていったのであ る。   一、高校生の頃  今から六年前(1977年)、私は金沢 二水高校の二年生であった。いや二年生と いうより吹奏楽部生というほうが適切であ るほど私は部活動に情熱を注ぎ込んでいた。 みんなでマラソン、腹筋運動をしてからだ を鍛えあげ、各パートごとでロングトーン をして基礎固めをなして、全員そろって校 舎中いっぱいに響きわたるハーモニーを歌 いあげる。それは、先輩、後輩、仲間達の 一致によって一つの音楽をつくり出すとい う喜びを存分に味わった私の青春時代の真 っ盛りであった。ただ残念なことは、部活 動に熱中すればするほど勉強のほうはさっ ぱり力がはいらなかったことである。中学 生のときは、「進学校にはいるために」と いうただそれだけの目的で受験勉強ができ た。しかし、いざ高校にはいってみると、 また「いい大学にはいるために」と先生方 が口をすっぱくして押しまくる文句に素直 になれなかった。勉強する本当の意味が見 出せなかったのである。その頃から、私は 人間は何のために生きるのだろうかという ことまで突っ込んで考えるようになってい った。  父母が書店を経営しているため本は充分 にあり、書物を読むことによって答えを見 出そうとした。私の強い求めに応じるかの ように一冊の本が転がり込んできた。クリ スチャン作家である三浦綾子さんの『あさ っての風』という随筆集であった。聖書の 言葉がそこに登場しており、それはズシリ と心に響いたのである。その本に魅せられ て三浦さんの自叙伝も何冊か読み進めてい った。しだいに私の魂は、人間をはるかに 越えた大いなる存在があることを感じてい った。確信までは至らなかったけれども、 それらの本...
         柿岡 時正
         廣田 克昭
         酒井 與郎
         黒沢  靖
         神尾 和子
         前田 祐吉
         廣田 克昭
         伊藤 正孝
         柿岡 時正
         広瀬 心二郎
         七尾 政治
         辰巳 国雄
         大山 文人
         島田 清次郎
         鶴   彬
         西山 誠一
         荒木田 岳
         加納 韻泉
         沢田 喜誠
         島谷 吾六
         宮保 英明
         青木 晴美
         山本 智美
         匂  咲子
         浅井 恒子
         浜田 弥生
         遠田 千鶴子
         米谷 艶子
         大矢場 雅楽子
         舘田 信子
         酒井 由記子
         酒井 由記子
         竹内 緋紗子
         幸村  明
         梅  時雄
         家永 三郎
         下村 利明
         廣田 克昭
         早津 美寿々
         木村 美津子
         酒匂 浩三
         永原 百合子
         竹津 清樹
         階戸 陽太
         山本 孝志
         谷口 留美
         早津 美寿々
         坂井 耕吉
         伊佐田 哲朗
         舘田 志保
         中田 美保
         北崎 誠一
         森  鈴井
         正見  巖
         正見  巖
         貝野  亨
         竹内 緋紗子
         滋野 真祐美
         佐伯 正博
         広瀬 心二郎
         西野 雅治
         竹内 緋紗子
         早津 美寿々
         御堂河内 四市
         酒井 與郎
         石崎 光春
         小林 ときお
         小川 文人
         広瀬 心二郎
         波佐場 義隆
         石黒 優香里
         沖崎 信繁
         山浦  元
         船橋 夕有子
         米谷 艶子
       ジョアキン・モンテイロ
         遠藤  一
         谷野 あづさ
         梅田 喜代美
         小林 ときお
         中島 孝男
         中村 秀人
         竹内 緋紗子
         笠尾  実
         前田 佐智子
         桐生 和郎
         伊勢谷 業
         伊勢谷 功
         中川 清基
         北出  晃
         北出  晃
         広瀬 心二郎
         石黒 優香里
         濱田 愛莉
         伊勢谷 功
         伊勢谷 功
         加納 実紀代
         細山田 三精
         杉浦 麻有子
         半田 ひとみ
         早津 美寿々
         広瀬 心二郎
         石黒 優香里
         若林 忠司
         若林 忠司
         橋本 美濃里
         田代 真理子
         花水 真希
         村田 啓子
         滋野 弘美
         若林 忠司
         吉本 行光
         早津 美寿々
         竹内 緋紗子
         市来 信夫
         西田 瑤子
         西田 瑤子
         高木 智子
         金森 燁子
         坂本 淑絵
         小見山 薫子
         広瀬 心二郎
         横井 瑠璃子
         野川 信治朗
         黒谷 幸子
         福永 和恵
         小社発信記事
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         秋山 郁美
         加藤 蒼汰
         森本 比奈子
         森本 比奈子
         吉村 三七治
         石崎 光春
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         中野 喜佐雄
         八木  正
         堀  勇蔵
         家永 三郎
         広瀬 心二郎
         菅野 千鶴子
         海野 啓子
         菅野 千鶴子
         海野 啓子
         石井 洋三
         小島 孝一
         キャリー・マディ
         谷本 誠一
         宇部  功
         竹内 緋紗子
         谷本 誠一
         酒井 伸雄
163、コロナ禍の医療現場リポート
         竹口 昌志
164、この世とコロナと生き方を問う
         小社発信記事
165、コロナの風向きを変える取材
         橋本 美濃里
166、英断の新聞意見広告
         小社発信記事
167、ワクチン接種をしてしまった方へ
         小社発信記事
168、真実と反骨の質問
         小社発信記事
169、世論を逆転する記者会見
         小社発信記事
170、世界に響けこの音この歌この踊り
         小社発信記事
171、命の責任はだれにあるのか
         小社発信記事
172、歌人・芦田高子を偲ぶ(1)
         若林 忠司
173、歌人・芦田高子を偲ぶ(2)
         若林 忠司
174、歌人・芦田高子を偲ぶ(3)
         若林 忠司
175、ノーマスク学校生活宣言
         こいわし広島
176、白山に秘められた日本建国の真実
         新井 信介
177、G線上のアリア
         石黒 優香里
178、世界最高の笑顔
         小社発信記事
179、不戦の誓い(2)
         酒井 與郎
180、不戦の誓い(3)
         酒井 與郎
181、不戦の誓い(4)
         酒井 與郎
182、まだ軍服を着せますか?
         小社発信記事
183、現代時事川柳(六)
         早津 美寿々
184、翡翠の里・高志の海原
         永井 則子
185、命のおくりもの
         竹津 美綺 
186、魔法の喫茶店
         小川 文人 
187、市民メディアの役割を考える
         馬場 禎子 
188、当季雑詠
         表 古主衣 
189、「緑」に因んで
         吉村 三七治 
190、「鶴彬」特別授業感想文
         小社発信記事
191、「社会の木鐸」を失った記事
         小社発信記事
192、朝露(아침이슬)
         坂本 淑絵
193、変わりつつある世論
         小社発信記事
194、ミニコミ紙「ローカル列車」
         赤井 武治
195、コロナの本当の本質を問う①
         矢田 嘉伸
196、秋
         鈴木 きく
197、コロナの本当の本質を問う②
         矢田 嘉伸
198、人間ロボットからの解放
         清水 世織
199、コロナの本当の本質を問う③
         矢田 嘉伸
200、蟹
         加納 韻泉
201、雨降る永東橋
         坂本 淑絵
202、総選挙をふりかえって
         岩井 奏太
203、ファイザーの論理
         小社発信記事
204、コロナの本当の本質を問う④
         矢田 嘉伸
205、湯の人(その2)
         加藤 蒼汰
206、コロナの本当の本質を問う⑤
         矢田 嘉伸
207、哲学の時代へ(第1回)
         小社発信記事
208、哲学の時代へ(第2回)
         小川 文人
209、コロナの本当の本質を問う⑥
         矢田 嘉伸
210、読者・投稿者の方々へお願い
         小社発信記事
211、哲学の時代へ(第3回)
         小社発信記事
212、哲学の時代へ(第4回)
         小社発信記事
213、小説『金澤夜景』(2)
         広瀬 心二郎
214、小説『金澤夜景』(3)
         広瀬 心二郎