春を呼ぶ木偶廻し
【2021年2月3日配信 NO.120】
女一番でく
(写真:深瀬木偶廻し保存会提供)
石川県野々市市
坂本 淑絵
哭いて別れた ふるさとよ
許せ父母(ととかか)
木偶の方々(かた)
谷の水面に その名を呼べば
今も聞こえる 木偶の舞い
ここが尾口の ここが深瀬の
水底(みず)のさと
なにを嘆くか さとの衆
新町(そこ)がふるさと
木偶のさと
足を踏んばり 捧げて廻(ふ)れば
飴の嵐が 春を呼ぶ
これが尾口の これが深瀬の
木偶まわし
男でく
(写真:深瀬木偶廻し保存会提供)
〈以下参考〉
深瀬の「でくまわし」
石川県石川郡旧尾口村深瀬地区は1977年 、
手取川ダム建設にともない全地区が水没し、
同郡旧鶴来町(現白山市)深瀬新町に集団
移転した。同ダム完成は1979年。
毎年2月、旧正月行事として深瀬木偶廻し
保存会により深瀬新町の同保存会館で公演
が行なわれている。
350年前から伝わるとされ(奈良時代以前
に朝鮮半島から伝わったものであるとか、
徐福が連れてきた芸能集団であると唱える
郷土史家もいる。その史家は、当講座 NO.
116 の白山カンコ踊についても同様に唱え
ている。)、国指定重要無形民俗文化財に
指定(1977年5月17日=文化・自然より土
建)されている。
日本に4か所ある文弥人形浄瑠璃のひとつ。
上演の演題
『大職冠』
『烏帽子折』
『熊井太郎孝行之巻』
『忠臣蔵』
『門出屋島』
『大江山』
大職冠・藤原鎌足の美しい娘が唐の太宗の后
ならば、武則天(武照)の父が鎌足であり、
藤原不比等は太宗、高宗と義兄弟ということ
になる。鎌足、不比等も唐の人ではないか。
武則天の父の武士彠(ぶ しやく)が鎌足では。
ひょっとして武士の起源と考えられないか。
さらに、武則天のモデルが天照大御神とか、
東ゴートのアマラスンタを手本としたとも。
また、大江山は丹後、丹波の鉱脈のあるとこ
ろから、そこに住む酒呑童子=鬼というのは
伽耶の人たちではないか。そしてそれを伐つ
源頼光と頼光四天王(渡辺綱、碓井貞光、卜
部季武、坂田金時)は新羅の人か。あるいは
百済の人か。桃太郎鬼退治の話に似ている。
「でくまわし」を見た読者から上のメールが
ありました。もし阿武山古墳(高槻市、茨木
市)を再調査し全貌を把握できれば、鎌足、
不比等が何者であったか解明できるのでは。
遺体の状態が鎌足の状況と似ているという。
同古墳の「貴人の墓」は、1934年、京都大学
理学部地震観測所が地震観測施設建設中に発
見し発掘の主導権を握り、京都大学考古学研
究所の調査を拒否するなどした結果、埋め戻
されている。
大江山 楠山正雄(青空文庫)