303. 教え子を再び何処へ送るのか

【2023年5月25日配信】



 


マスクをめぐる学校との苦闘          



        千葉県 今野 ゆうひ  17歳                       


 2019年。新型コロナウイルスが突如

として私たちの生活に現れました。何もわ

からないまま政府に舵をゆだね、ウイルス

の災いとして ”コロナ禍” は四年目に突入し

ました。 当時中学三年生だった私の日常も

 “コロナ禍” によって一変しました。

 外出自粛、一斉休校、ソーシャルディス

タンス、マスク、消毒... 


 それら政策を半ば面白がりながら、20

21年まで三年間、流されて過ごしました。

 人との接触をなるべく避けながらいかに

楽しめるか。マスクをしていかにおしゃれ

をできるか。いつしか私たちの生活は“コロ

ナ禍”ファーストへと姿を変えていました。


 2021年、高校一年生になった私も“コ

ロナ禍”ファーストな高校生活を送っていま

した。


 その年の夏、母と私は新型コロナと全く

同じ症状を発症。病院に行っても薬がない

ので PCR検査などはしていませんが、あの

症状は確実に新型コロナだったと思います。

その時母と、“コロナ禍” ファーストな生活

をしていても感染はするし、普通の風邪と

同じように治るということに気づきました。


 もちろん個人差はありますが、なぜここ

まで徹底して感染源を特定したり外出制限

をしたりするのか、その時からじんわりと

疑問が生まれます。


 経験は人を変化させますね。


 そんなこんなで私と母は、自転車に乗っ

ている時だけ。から始まり、すこしずつマ

スクを外すことにしました。


 ある日、母と一緒に近くの大きめのスー

パーで買い物をすることになります。

「注意されるまでマスクしないで入ってみ

るわ」

 正直遊びの部分もありました。ちょっと

面倒くさくなっちゃったのです。強い意志

もないただのチャレンジだったので、何か

言われたらすぐ付けるつもりでした。


 ところが、なんかいけちゃったのです。

一時間弱いたものの、誰にもなんにも言わ

れず買い物終了。


 なんということでしょう。今までやって

きたことはなんだったんだと思うほどあっ

けなくチャレンジは成功。今思えば、この

スーパーで何か言われていたら、この文を

書くこともなかったです。大いに感謝です。


 その日から勢いづいた私は、どこでもマ

スクをしなくなります。お店でも、電車で

も。もちろん喧嘩がしたいわけではないの

で、何か言われたらするつもりでした。


 ところが、何か言われることは全くと言

っていいほどありませんでした。

 ただひとつ。学校を除いては。



学校

 学校以外のいろいろな場所でマスクを外

しだした中で、学校だけは変わらずマスク

をして登校していました。

 そうはいっても、学校というのは学生の

生活の半分以上を占める場所。そんな学校

の中で、自分が嫌なことをしているのに違

和感を持ちはじめました。学校内の自分と

学校外の自分とのズレが、気になるように

なったのです。

 

 そこで、授業中の喋らない場面から始め

て、少しずつマスクを外すようにしてみま

した。しかしスーパーのようにはうまくい

かず、すぐに先生が飛んできて、

「マスク付けなさい!」

 と注意されました。その後も何度か注意

を受けつつも、先生の目を盗んでマスクを

外し続けました。


 攻防を続けたある日、担任、年次主任に

呼びだされ、三者面談で話すことになりま

した。


 「なぜマスクをしたくないのか」という

質問に、私は説明しました。まず第一に、

マスクは意味がないこと。さらに、マスク

をしないことについて何か思うことがある

人は、先生を介さず直接私と話をしたらい

いということ。

 実際、マスクの網目や上下左右の隙間の

ことを考えると、マスクには新型コロナ感

染を防ぐ機能は期待できませんし、感染予

防として機能させるには一時間ごとに新し

いものに付け替えなくては効果はありませ

ん。


 なぜ意味のないことをしなくてはいけな

いのかわからなかったですし、「怖がって

いる人もいるから」という先生の発言にも

「はてな」でした。そういう人はマスクし

てない張本人に言えばいいと思うからです。


「じゃあ喋るときだけ口元に布を当てるの

はどう?」

 と先生の提案に、

「わかりました。やってみます」

 と返してその日は下校しました。


 その後、布を当てることを実践しました

が、どうにもマスクとの違いを感じられず、

さらに学校以外の場所で外していると息苦

しさも大きくなり、続きませんでした。


 さらにまた同じような形で面談に呼ばれ、

今度はマウスシールドを私から提案します。


 正直、つばやら息やらで水滴が付くよう

なキモチワルイものしたくなかったのです

が、その時は外したい気持ちが大きく、半

ばやけのような気持ちで提案しました。


 その時学年主任は、「いいわね~」なん

て言って承諾してくれました。ところが、

マウスシールドを購入し、付けて学校に行

くと、担任から「それじゃダメです、誰が

許可したんですか」なんて言われてしまい

ました。

 年次主任に許可されたことを伝えると、

担任は管理職に確認を取り、それではガイ

ドラインに引っかかるという理由で認めら

れませんでした。



2022年

三月二十五日

 謎劇開幕

 春休みの真っただ中、その電話はかかっ

てきました。電話は教頭からで、なぜ今野

さんはマスクをしないのか。といった内容

の電話でした。教育委員会・保健安全課の

指導の下、マスクの着用は『強制』である。

と、電話口ではっきりと母に言い放ったそ

うです。


 『強制』はできないことを知っていた母

は、保健安全課へと確認電話をしました。

電話対応をした方は「強制ではない、校名

を教えてくれれば学校に指導する」とのこ

とで、その方に校名と氏名を伝えました。

 この電話の録音はありませんが、『強制』

という言葉については何度も通話内で確認

を取りました。



千葉県立高校2年

四月七日

 第一回面談~魂の説得編~

 教頭から呼ばれ面談へ。面談に出席した

のはなんと担任、年次主任、教頭、生徒会

顧問の四人と、私と母。異様な雰囲気の中、

「学校の裁量で許されるのは不織布マスク

を強要しないこと」

「学校の対応はすべて県のガイドラインに

沿ったものである」

「マスク着用は半ば強制である」

「マスク着用はルール」

「学校の安全を脅かす」

「話すときには布を当てる、当てられない

なら喋らない」

「マスクをしたり、口鼻を覆うことができ

なければ学校生活はおくれない」

 などの言葉で『説得』されました。


 こちらはマスクをしたくない、学校はマ

スク、もしくは口鼻を覆ってほしい。どん

なに話しても平行線で、第一回面談~魂の

説得編~は閉幕しました。



四月八日 

 他己紹介

 その日は二年次最初の日でした。出席番

号順に自己紹介をしていき、私の番が来ま

す。するとおもむろに、

「今野さんはマスクができないので、私が

今野さんの紹介をします」

 と担任が言いだします。


 教卓前にただ立つ私と、私の紹介をする

担任。たぶんクラスの多くが『何この時間』

と思ったことでしょう。今でもあれなんだ

ったのかわかりません。(笑)


 もちろん完全サプライズです。私がお願

いしたわけではありません。

 その後年次主任からはマスクについて、

「例外があるという意味で強制ではないが、

義務である」

 とも言われました。


 『義務』、『強制』なんだか国語の授業

が始まりそうです。



四月十二日 

 実質って付け加えれば、なんでもいいと

 思ってる

 またまた教頭からの電話にて、

「マスクは実質義務である」

「診断書提出も義務」

 さらには、

「布等で口鼻を覆うことは実質強制」

 とも。

 どうやら学校は『実質』が好きなようで

す。いや、それは学校だけじゃないですね。



四月十三日

 別室対応(という名の隔離)

 学校はこの日から始業の日でした。朝の

HRが終わり、担任から、

「マスクをしないのなら授業には出せない

から、マスクをして授業に出るか別室に行

くか選んで」

 と言われ、マスクはしたくないと答えま

した。


 別室へ向かう途中、年次主任から一言。

「このままだと十月で(単位が)切れるね」

 その一言までに、単位の話は一言も聞い

ていなかったので、急に留年などの話にな

り、驚いちゃいました。



四月十四日

 そこまでするんだ!?

 〈マスク着用による低酸素血症〉の診断

書を提出します。その後年次主任は病院に

電話し、口鼻を覆うこともできないという

診断かどうか確認したそうです。もちろん

口鼻を覆うことを“したくない”だけなので、

医師も「それについては本人の意志であり

診断はできない」と回答したそうです。

 そりゃそうだ。



四月十五日

 第二回面談~名言辞典編~

 第二回の面談出席者は教頭、担任、年次

主任、母、ともう一人、私の現在につなが

る重要人物さんでした。面談でどうにか説

得したかった母は、Facebook 上で子ども

たちのマスクを外す運動をしている方たち

に相談していました。


 その中でひとり、家が近い人と繋がりま

す。それが、A さんです。A さんは、お子

さんがマスクをせずに学校に行っていたこ

ともあり、親身に話を聞いてくれました。

それはもう、親身すぎるほどに。

 親身すぎるAさん、なんと翌日(十五日)

の面談に資料を持って同席してくれること

に。やっぱり親身です。ありがたい。


 そんな Aさんが同席してくれた面談。私

は出席していませんが、いろいろなことを

言われたそうです。

「別室でこなした課題や自習は単位にはな

らない」

 書面での説明を希望したが断られ、オン

ラインでの授業は設備がないからできない

とのこと。


 なぜ書面(形に残るもの)は断るんでし

ょう。

「別室に行くことは、本人が望んでいる」

「布を当てる行為ができないわけではない

のにしないのは、別室に行くことを望んで

いることと同じ」

 そんなわけあるかい。私はただ何もせず

に授業を受けることを望んでいました。


「全ての教科に偏りがないように課題は出

せない。時間的に不可能」

 個人的な感情としては、先生たちが忙し

いのは理解しています。

「だけどそんな言い方、切り捨て方はあま

りにやさしくないな」

 と現在の私は思います。当時の私は怒っ

ていたし、自分が正しいことをいかにして

伝えるかで頭がいっぱいでした。


  Aさんもマスクの害等を説明してくれま

したが響かず。

 全ては書きだしませんが、突っ込みどこ

ろ満載の第二回面談も進展なしで終わりを

迎えます。 



四月十八日

 確認電話~みんな大好き曖昧くん編~

 第二回面談から三日後、母は面談での話

の確認をとるため、教育委員会の保健安全

課へ電話をします。

 マスクは義務ではなく、学校の裁量に任

せているという回答にプラスし、口鼻を覆

うことについては強制ではなくお願いだが、

してもらわないと困るということも言われ

たそうです。

 さらに単位のことについては学習指導課

にまわされます。


 学校からの報告をもとにした回答は、あ

まりに事実とかけ離れていました。

 学校と保護者は口鼻を覆うことで合意し

ており、欠課扱いとは言っていないと回答

され、学習指導課は確認のため学校へ再度

電話をしました。



四月二十日 

 とりあえずなんでもお預かりしとけばい

 い、と思わないで!

 確認のため後日に持ち越された学習指導

課の回答は、なんだか煮えきらない回答。

「口鼻を覆うことについては、上席へ話を

上げて確認します」

 なんのために電話を取るあなたたちがい

るんだ!と言いたい気持ちは、今のシステ

ムだ、しょうがない。で、抑えます。


 一応母が教育委員会・教職員管理室へも

電話をかけますが、学習指導課と同じ見解

であり、一旦お預かりするとのこと。

 どうせ返すつもりがないなら “お預かり”

しなくていいのに。



四月二十一日 

 言い訳校内放送~年次主任編~

 朝のHR中突然の校内放送にて、

「一律な強制はどこでもしていない」

「会話時のマスク着用の徹底を県から要請

されている」

「自分の意志でマスクをしない、口鼻を覆

わない生徒は授業に参加させることはでき

ません」

 という内容。

「私たちは悪くない」、そういう気持ちが

伝わってきてもやっとしたことを覚えてい

ます。



四月二十二日 

 そこまでして教室に入れたくないの?

 マスクをせずに授業に出ようとすると、

廊下で通せんぼをされます。そのまま通ろ

うとすると、プチもみ合いに。

 この時は双方意地の張り合いみたいなの

がありましたね。(笑)


 そのまま母が呼びだされ臨時面談に。

「単位にならないことについての書面は出

す必要性がない」

「個人の人権よりも集団の人権が大事」

「ほかの生徒を守るため」

「マスクを付けないことは迷惑行為に当た

る」

 などとかなりとげのある言い方をしてい

ました。強行突破しようとするのは予想外

だったんでしょう。


 その日は教育委員会からも電話があり、

「単位の修得については学校の判断である」

 のみでした。丸投げマン。



四月二十五日 

 言い訳放送~教頭編~

 この日から私は学校に行かなくなりまし

た。別室に登校しても自習するだけ。体育

は受けられましたが、ほとんどを埃っぽい

生徒指導室で過ごすことに意味を見出せな

くなってしまいました。


 時を同じくして学校では、二十一日の校

内放送とほとんど同じ内容の放送がされま

す。今度は教頭から伝えられたそう。ちょ

っぴり口調は洗脳風(?)



四月二十八日 

 矛盾しかない

 やっぱりお預かりされたものが返ってこ

ないのでこちらから電話することに。

 教職員管理室は担当おらず。

 学習指導課は、

「副校長が話したいと言っているので学校

と話してほしい」


 ここで一つ衝撃の事実。教頭と副校長は

違うらしく、校長、副校長、教頭がいると

のこと。分担できるほどの仕事は果たして

あるのだろうか・・・

「学校側は単位を与えないという話はして

いないと言っている」

 学校の言い分的には、十月に単位修得が

確定するため今修得できるできないの話は

できない。ただ修得は難しいと言っている。

らしい。屁理k。



五月九日 

 第三回面談~新キャラ登場~

 副校長に呼びだされ、私と母の三人で面

談することになりました。

 私は、コロナウイルスとマスクの関係性、

国のコロナ対策について、マスクの危険性

などを独自にまとめた資料を持参し、先生

たちに渡しました。


 副校長「県の通知は絶対です」「別室対

応の書類を出す必要性がわからない」

 新キャラといえど、ほとんど今までと同

じようなことを話していました。

 途中参加の年次主任「(資料は)私はい

らない」「公務員はあなたを抑えないとい

けない」


 この時は特にひどいなーと思う言い方が

多かったです。一か月もイレギュラー続い

て、しびれが切れていたんだと思います。

 さらに二十五日以前に年次主任の担当授

業に出た際、友達に話しかけると注意され

たのに対し、年次主任にノーマスクで話し

かけても何も言われませんでした。


 それに関しては、

「距離が取れてると思ったから、授業時喋

ってもよいと思った」

 実際、友達と年次主任との距離はほぼ同

じでした。もはや県の通知なんかじゃなく、

年次主任の目分量になっている。


 私と母は、マスクや布を口鼻に当てない

と別室対応になることを、保護者全体に周

知してほしいと要望しました。

 教室をすべて使えば距離も取れたと思い

ます。



五月十日 

 副校長電話~擦り付け合いを添えて~

 翌日、副校長から連絡が。

 別室対応によって単位が出ないことは、

学校の判断ではなく県の意向であると伝え

られました。


 どんなに学校に言っても県の意向、どん

なに教育委員会に言っても学校の采配に任

せている。

 どっちにしろ登校しても単位にならない

ので、マスクをして学校に行くことよりも

他を選びました。



五月二十六日 

 鼻炎とテスト

 テストだけは喋る場面がないのでマスク

をせずに教室で受けることになりました。

片手で数えられるほどしか授業に出ていな

かったので、問題を読むだけで終わりまし

たが・・・(笑)


 テスト中、鼻炎持ちお得意のくしゃみを

ひじの内側で受けたことにより、母に教頭

から電話が来ます。

「周りの人はアレルギーか風邪かわからな

くて怖がる」

「ひじの内側でくしゃみを受け止めるのも、

飛沫が飛ぶのでダメ」

 ※咳エチケットには「ひじの内側でくし

ゃみを受けましょう」と記載されています。


 さらにこの日、マスクをしないなら人に

挨拶も謝罪もしないように。と年次主任や

担任に注意を受けます。それについて教頭

は、

「いいことではないが安全を守るためにい

たしかたない」

 という。


 この人たちにとっては、死亡率零パーセ

ントのウイルスから体を守るために、物理

的にウイルスを防げないモノを付けること

が、挨拶や謝罪という社会参画のためのコ

ミュニケーションよりも大切なのだ。

 取り乱しました。ごめんなさい♡



六月三十日 

 やっぱりいない

 一か月不登校を経て、今後の相談のため

登校。かなり気温が高くなってきていまし

た。

 体育の授業は参加しましたが小体育館は

冷房がなく、授業がバトミントンだったの

で窓は締めきった状態でした。 

 が、ほとんどの生徒がマスク着用、先生

が呼びかけている場面もありませんでした。



八月八日 

 第四回面談~留年しちゃうYO編~

 そのまま登校することなく夏休み。そし

て夏休みも過ぎるころ、単位についての面

談に呼ばれました。

 出席日数の関係上、このまま欠席すると

留年が確定する。と伝えられました。

 併せて現状、マスクをしたくない生徒に

関して対応は変わらない。とも。


 まだ退学について気持ちが固まってなか

ったこともあり、休学したいことを伝えま

した。

 休学については確認するので連絡待ち。

で面談は終わりました。


 面談中、教頭と年次主任は、

「人間である前に公務員なので、合ってる

か間違ってるかではなく上が言っているこ

とにしか従えません」

 と言っていました。


 わざわざ言語化して、きっぱりと伝える

からには本心でそう思っているんでしょう。

  “公務員”の鑑です。人はなんのために働

くのか。人間とはなんなのか。考えさせら

れますね。少なくとも私は、堂々とこんな

ことを言える大人にはなりたくないです。



八月九日

 “それだけの理由”で片付けられてる

 十七歳、誕生日です。

 休学は認められませんでした。マスクを

付けたくないという理由だけで休学は認め

られないそうです。


 その後議員の方と、記者の方から学校へ

質問状を送ってもらいました。

 が、その回答ものらりくらりとした回答

のみでした。



九月七日 

 学校編終了

 留年決定☆

 めでたしめでたし。(?)


 その後一度も登校せず、翌年の今年三月

二十四日に退学届を提出しました。










〈参考〉


 自然共生党LIVEアーカイブス 


 当講座記事NO.272 「命」の新文化創造の世へ

 同NO.161 国民主権・国民の命と自由と人権



   コロナ真実研究会ブログ(含動画)

    ノーマスク学校生活宣言

 

     市民メデイアこいわし広島制作対談動画     

   

人々のコロナ対応、在り方を問う

  当講座記事NO.187 市民メディアの役割を考える

      同記事NO.175 ノーマスク学校生活宣言    

    同記事NO.289 コロナ再考

     同記事NO.227 コロナに関する当講座記事項目      



 当講座記事NO.302から
 

歌を通して海と歴史を伝える広島県が誇る日本三大舟唄

   この歌をこそ広島サミットで各国首脳に聞かせるべき。

 船頭かわいや 音戸の瀬戸で
  一丈五尺の 櫓がしわる

  安芸の宮島 廻れば七里
  浦は七浦 七恵比寿



  西日さす富山湾の夕暮れ    右端が立山  

      撮影 作田幸以智さん  於 氷見灘浦海岸

      氷見市立灘浦小学校校歌

     金沢市立小将町中学校校歌

     新潟県立高田高校校歌     

     明治大学校歌

      当講座記事NO.84、86、115、170、208、218、

  225、273、275、294から



    

   夕陽に映える富山湾 ピンクに染まる劔岳 立山連峰  

     手前は虻ヶ島   2023.3.6  木偶乃坊写楽斎さん撮影

   高さ三千メートル級の山々が海越しに見える地は、

   世界に三か所しかない。上杉謙信が渇望した景観。

   大伴家持はこの地で国守に。菅原道真は越を所望。



   
  氷見の夕陽  2023.3.11 木偶乃坊写楽斎さん撮影



   驚異の視力と運動神経 きびしい自然 りっぱな姿
     ミサゴみごとなとびこみキャッチかわいやおさかな             
       氷見海岸で唐島の撮影中、突然、目の前の海中に
    ミサゴが突っ込んできてさっと舞い上がりました。
      2023.5.24 これも木偶乃坊写楽斎さん撮影
         ミサゴの眼からはこの世がどんなのに見えるのか。
       空を歩き巡っているという感覚ではないだろうか。
   能なき鷹は爪を隠す。能ある鶚はその爪を隠さず。



  日の出直前の朝焼けの「紫」 2019.4.5  手前は仏島  

  これから海の向こうの糸魚川海岸辺りから陽が昇る  

     於 七尾市と氷見市の県境(当講座記事NO.218から)


                                  

  朝陽と雲   2023.6.1   手前は唐島    於 氷見漁港
  上の 4枚もこれまた木偶乃坊写楽斎さんが撮影
  朝焼けの色に少し良き日の予感.撮影者コメント

         


 読売新聞くらし面「こどもの詩」2023.1
 柏市立西原中学校2年生  星 あろは さん 





 【スクープ】法の矛盾と不整備を指摘
   第1回(2023.5.11)及び第8回(2023.5.29)
  第9回(2023.6.15)放送
    新型コロナ感染症は2年前から2種類存在していた。
 小野瀬英利さんの解説(丈幻さんのツイッターから)

 2023.6.11放映 職業訓練校によるマスク差別
    2023.6.25放映 神奈川県葉山町の奇跡


 谷本誠一さん、釧路マスク強制降機の真相




  当講座記事NO.300から

   2023.6.3 櫻井ジャーナル
     2023.6.14 立憲民主党.遅すぎて後ろめたさが漂う

  2023.6.27 デイリー新潮

  2023.7.3 櫻井ジャーナル

  
  2023.7.20 谷本誠一さん  於.福岡市 
  ワクチン接種者は諦めてはいけない。希望はある。


2023.8.29 NHK


2022.11.11 朝日新聞
  




〈小社推薦note〉

  kyouseiさんnote


〈小社推薦図書〉
   
 岩崎武雄著『正しく考えるために』
  (講談社現代新書、1972)











〈後記〉
 上の写真の右横と内側を左クリックすると
 拡大できます。右横は2回クリックすると
 さらに拡大できます。
   また、木偶乃坊写楽斎さんからは、書籍媒
 体ない限り写真すべてをパネル等に自由
 に使っていいとの許可を得ています。
 夕陽に映える富山湾の写真は、この一枚の
 写真を撮るために、劔岳がピンク色に染ま
 るまで2時間待ったそうです。
 日の出直前の写真にうつった紫色は、文明
 アナリストの新井信介さんから、貴重な写
 真だとの言をもらいました。この「紫」に
 は、すばらしい意味があるとのことです。
            (当講座編集人)
   




 当講座記事NO.283、297、300から

 空あおぐ活きるあなたに鳶の舞い
  2023.6.7 木偶乃坊写楽斎さん氷見の撮影


  詩 矢野亮
  曲 吉田矢健治
  歌 三橋美智也


 
 カタツムリ載せて雨に咲き
 移り気にほろり涙のよひらかな 
 紫陽花もひかりを浴びて深呼吸 
 青四枚明けて紅へと変えて魅せ
 アジサイも相合い傘に頬を染め
 2023.6.13 氷見のあじさい歌  
 木偶乃坊写楽斎さん歌い写す



当講座記事NO.300から

詩 川内康範
曲 小川寛興
歌 近藤よしこ&小鳩くるみ会
 
正義の味方・月光仮面のおじさんはどこへ去ったのか。
全身のマスクをかなぐり捨てた真理の味方・日光真面
(にっこうまめん)のおばさんに変身して再び現れる

    木偶乃坊写楽斎さん撮影(当講座記事NO.306から)



当講座記事NO.178、304から
マスクなし堂々の入場行進

「世界最高の笑顔」 

  虚構を打ち破る多利思北孤末裔の見事な入場行進 

  懐かしの日本へ(於 2021.7.23 東京五輪)


  スポーツ報知 2021.7.24. 0:49

  日刊スポーツ 2021.7.23. 23:13



竹内緋紗子さん
教え子を再び何処へ送る教師引率もして





新型コロナワクチン、過去45年間全てのワクチン
被害認定数を累計を超える






2023.9.8 河北新報









2023.9.20 NHK大相撲中継中の17時頃放映のニュース  

’コロナワクチン接種で生活に支障' 国や製薬会社を提訴

  NHKが初めて報道



2023.9.20 南出賢一泉大津市長の緊急メッセージ






  2023.9.24 阿尾城跡
(氷見市一番の観光スポット、慶次郎ゆかりの地)

   2023.9.24 荒波の仏島
(石川県と富山県の県境、雲の後ろに劔岳の頂き)

   撮影    木偶乃坊写楽斎
当講座記事NO.315、316から)




2024.3.5 参議院予算委員会



2024.3.7 文春オンライン、福島雅典京大名誉教授



2024.4.17 毎日新聞


    






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300. 来たる時代への提言・記事全項目紹介

 【2023年5月3日配信】小社発信記事            日本の重心富山県沖、大陸から見た日本         みんな仲良く      (富山県作成)  題字 井上碧山さん (北九州市)         絵  本多千鶴子さん(金沢錦丘高校1年)       発行 金沢出版社  当講座記事の開き方と記事全項目  「現代の声」講座へアクセスをいただき 有り難うございます。 NO. 291の記事でも 紹介しましたが、改めて以下のとおり再度 記します。  この講座の趣旨は、「講座の開設にあた って」を見ていただければ幸いです。  当講座を自由に使っていただければ嬉し く思います。  記事を見つけやすくするために記事項目 を上に記しました。  各記事項目を左クリックすると各記事の タイトルが出てきます。その記事タイトル または「続きを読む」を左クリックすると 記事が出てきます。  画面右側目次と併せて何か参考になれば 幸いです。   また、当講座へのご寄稿や当講座記事の 内容等についてのご批判、ご意見、ご感想 など次のメール宛にていつでもいただけれ ばなお有り難いです。   (当講座編集人)    gendainokoe@gmail.com      当講座の画面にある「前の投稿」を左ク リックすると各記事の冒頭部分が順次出て きます。  「ホーム」を左クリックすると一番最初 の画面に戻ります。  「新しい投稿」を左クリックすると一つ 前の画面に戻ります。  また、画面右側の目次の各記事タイトル を左クリックすると、その記事がすぐに出 てきます。目次の NO.215 以降の記事は、 各月別にまとめてあります。「過去の記事」 を適宜左クリックするとタイトルが出てき ます。  「人気の記事」は、最近一ヶ月間にアク セスが多かった記事10本を上から人気順に 紹介してあります。  各記事中の写真は、写真の中または右横 を左クリックすると拡大できます。  「現代の声」講座全記事の紹介 記事項目 NO. 223、「職」に関する記事 314、「哲学」に関する記事 227、「コロナ」に関する記事 228、「スポーツ」に関する記事 229、「自然」に関する記事 230、「教育」に関する記事 231、「歌」「音」「踊り」「情」に関する記事 232、「歴史」「非戦」に関する記事 233、「人

224. 天と地をつなぐ「おわらの風」

【2022年1月22日配信】   大寒           七尾市 石島 瑞枝             雪解けの春風を待つ坂の町               秋風 (2023.9.3)            横浜市 髙祖 路子    夜流しの音色に染まる坂の街                         鏡町地方衆、先人のご苦労をしのびその息吹に応える夜流し .  今町のおわら .      2023.9.3 最終日、西町青年団最終おわらの舞い .                               撮影 木偶乃坊写楽斎さん         〈参考〉                               越中八尾おわら風の盆               「深夜の夜ながし」      日本と日本人が失くしてしまった、  奪 われてしまった温かい心情、 郷愁  --それらを求めて各地から 数多の  見物者 が、 魅入られたかのように、  取りもどす か の ように八尾へ と 足を  運 ぶ の だろうか。  高橋治と石川さゆりの『風の盆恋歌』  の影響が大きいとも八尾ではいわれ  て いる。言葉と 歌の 力のすごさか。  事実、この 歌 の前と後とでは、風の  盆訪問 者 数に圧倒的な差がある。  紅白で、「命を賭けてくつ がえす」  と、着物の 袖 を 強く 握りしめ 揺さぶ  り ながらうた った 「くつがえす」の  一語の中に、日本の 歌手 として歩ん  できた 石川さゆりの、 自 らの心の奥  底にある深い 懐 いをも 包んだ 全 情念  が 込め ら れて い る。  旅人の多くが八尾に滞在してい る中、  わずかのさすがの通だけが、おわら  本来 の良 さ が漂っている深夜の夜流  し の、 後ろ姿を見ている。個性 ある  いで たちもすばらしい。  おわらは見せるものなのか、見られ  るこ とを意識すらせずに心ゆく まで  自ら楽しむものなのか。あるいはま  た、…… …… 高橋治と 石川さゆりは、  諸々のことを考える、見直すための  たいへ ん な「契機」 を 与 えて くれ た  ので ある 。    個人的な所感を述べれば、おわらは  縄文と江戸の文化が八尾で花開いた  ような気がする。  (当講座編集人)    鏡町の踊りに魅入

328. ふるさとなまり

 【2024年1月28日配信】   おばばの言葉                       白山市 番匠 俊行                                私の両親は石川県石川郡美川町(現白山 市)に生まれ育ちました。両親のそれぞれ の両親も同町の生まれ、育ちです。除籍簿 を見ると、私の先祖は全員、明治初期から 同町の住人でした。  私は高校時代まで美川で育ち、そのあと 関東の大学を卒業し、宮城県内で就職し、 現在、郷里の美川で塾教師をしています。  私の祖母は1900年生まれで伝統産業 の美川刺繍をしていました。亡くなるまで 町から一歩も出たことがなく、町の人たち との会話を楽しみに生きていたようです。  その会話を耳にした一端をご紹介します。  美川町は手取川の河口の町で日本海に面 しています。作家の島田清次郎、詩人の邑 井武雄、政治家の奥田敬和、歌手の浅川マ キらの出身地でもあります。  「美川弁」といってもいい言葉は、隣町 の能美郡根上町(現能美市)や能美郡川北 村(現能美郡川北町)、石川郡松任町(旧 松任市、現白山市)ともちょっと異なって いると思います。  私は金沢市内の高校に通ったのですが、 私の話す言葉がおかしいと、いつも友人に 笑われていました。言葉だけで伝えるのは 難しいのですが、動詞、形容詞、形容動詞 のエ音便がイ音便になったり、また、人名 や名詞の発音のアクセントや抑揚、強弱、 長短が独特みたいです。  鹿児島弁が混じっているのではないかと 言う人もいます。もしそうであれば、最初 の石川県庁が美川町に置かれたことと関係 しているのかもしれません。内田政風とい う薩摩藩士がトップとなりはるばるこの町 にやって来たと聞いています。ひょうきん な美川の人たちが薩摩から来た役人たちの 言葉をおもしろがって真似して、流行らせ、 それがそのまま一部根づいたのではないか と思ったりもしています。  内田はなぜか金沢県とすることを拒否し、 県名を石川郡から拝借して石川県にし、さ らに「美川県」にとまで県名をかえようと したと聞きます。石川県はあわや美川県に なっていた可能性もあったということです。  これはこれでおもしろい話ですが、内田 は、美川町を中心にした金沢以上の新たな 県都を、白山を源として流れる県内最大の 河川・手取川(石川)を

307. 職人の心意気 -「技」の文化 -

 【2023年7月3日配信】   手作りへのいざない    -「技」の文化-     縫い針のひとはりに込める夢  敦賀市 宮岸 かなえ                     てのひらに落ちる雨滴が灯をともす     鹿児島市 井上 治朗                        器(うつわ)  器への思い    九谷焼絵付師  宮保 英明         用という約束の形を提供しながら、その 形の中でどれだけ新鮮な自身の感覚を保ち 得るか、どんな可能性を引き出し得るか、 自身を試す姿勢で器と向かい合いたい。  自意識による変身、習慣のタガをはずし、 本来まったく自由に扱える創作表現への自 意識を、材質としての焼きものにぶつけた い。  盛られる料理に好かれる器。使いよくて 楽しくて、ついつい使ってしまう器。見た 目に静かで、しかし強い存在感を持ち、素 直に語りかけてくる。そんなものを心がけ てつくりたい。 みやぼ ひであき 20歳から絵付けをはじめる。 1950年石川県白山市生まれ。 石川県加賀市日谷(ひのや)在住。 日谷川をはさんで両側に民家と山が並ぶ。 谷間の村・日谷の向こうには人はいない。 宮保家の裏もすでに森である。 仕事をするのにいい場所をさがし歩き、 1984年の夏、白山市から引っ越してきた。 「ときどき熊が顔を出す」と妻の文枝さん。 小社発行・『北陸の燈』第4号より 撮影・八幡スタジオ 当講座記事NO.21、249再掲 当講座記事NO.223、「職」に関する記事から     芭蕉布ムーディー綾番匠くずし 平良 敏子   鋏 川澄 巌  文駒縫(あやこまぬい) 竹内 功   匠  足立区が誇る「現代の名工」    当講座記事NO.269、「世界屈指の技と清ら」から   流し猫壺 河井 寛次郎      「祖父寛次郎を語る」鷺 珠江さん     当講座記事NO.280、「湯の人(4)」から   樹 -卒業制作- 青木 春美     当講座記事NO.22、「織を通して学んだこと」から     絹本著色方便法身尊影  1500年製作      当講座記事NO.72、「松帆榭にて」から   千年の土 珠洲焼 篠原 敬    当講座記事NO.296、「あの日のこと」から     バンチェン土器   タイ・バンチェン遺跡     当講座記事NO.288、「個

272. 学級通信「あいこでしょ」の願い

【2022年10月4日配信】 「命」の新文化創造の世へ            小松市立稚松小学校              教諭 辰巳 国雄        題字 井上碧山さん (北九州市)  絵  本多千鶴子さん(金沢錦丘高校1年) 当講座記事NO.314 山下秀美、哲学の時代へ 同266 酒井由記子、混迷する現代と統一協会 同294 小原基子、おんな川にかかる橋 同303 今野ゆうひ、教え子を再び何処へ送るのか 同318 髙森文子、世界に範たる日本国になるには  学級文集とか、学級通信とか、学級機関 紙 といわれるもの を発行することを、教師 の仕 事の軸の一つに して実践を積み重ねて いる人 がずい分多いと 思う。  私は、学級通信(学級文集・学級機関紙 も 含めて)を発行してから、もう三十年近 くに なる。あるときは季刊であったり、月 間であ ったり、週刊であったり、日刊であ ったり、 その形はさまざまである。その一 年、一年で 形も異なり、内容も変わってき ている。大ざ っぱな言い方をすれば次のよ うになるだろう。  子どもたちの生活のなかみや、思いや考 え を、本音のところで知りたい。それは、 話す ということででもできるかも知れない が、数 十人の学級の子どもたち全員の本音 を知るこ とはむずかしい。話すことの不得 手な子でも 書くことによって本音を語って くれるだろう。 また書くことによって、さ らに、自分の生活 や、思いや考えを、見つ め直すことになり、 印刷されたものを通し て、学級のみんなの共 通の認識を得られる だろう。共通の認識を持 った学級集団(子 どもたち)は、それをステ ップに、学級集 団の文化を創り上げていく力 にするだろう。  これが、私の教育の大きな柱だった。こ う して始めた学級通信発行の仕事は、子ど もた ちの全面発達を願う私の教育実践のそ のとき そのときの証しともなるものになっ た。学級 通信が発行できなくなるというこ とは、私と 子どもたちとの歩みが止まるこ とである。た だ子どもたちの作文や詩を書 いていくだけで はなく、教師としての自分 と子どもたちとの かかわりや、私の思想を も反映させた学級の 歩みを学級通信の中に 定着させていくことだ った。それは、一時 間一時間の授業を最高に 充実させるという きびしい仕事に

311. レジェンド記者、真実を追う

 【2023年8月2日配信】小社発信記事      木原事件、ジャニーズ事件、 松本VIP事件、 自民裏金脱税事件、政治、ジャーナリズム                      佐藤章 さんの発言とともに考える            尾崎豊『ダンスホール』1984.3.15  東京新宿RUIDO 浅 川マキ/ ライブ夜 1977.11.19 京大西部講堂 桃山晴衣『遊びをせんとや生まれけん』 最新順 ジャニーズ・松本VIP事件、震災その他記事 当講座記事NO.320 2024.3.6 谷本誠一さん、中川秀直衆議秘書時代を語る 広島県前呉市議(6期)の谷本さんが 高校生の インタ ビューに応えてパー券販売、地盤培養活動などを話す。 撮影 2023.8.3 2021.5.21 佐藤章さんスクープ解説動画 第二次安倍内閣安倍晋三首相退陣の真相 木原事件を考える 2023.8.2 志あるジャーナリストへの呼びかけ .  2023.8.20 黒澤明『天国と地獄』仲代達矢の圧巻の台詞 .                       「被害者・遺族の無念を晴らす。これが刑事の仕事」     佐藤誠元刑事記者会見 2023.7.28 コロンボ、安浦吉之助、 十津川省三、杉下右京をしのぐ 佐藤誠さん の 言葉。「 日本の心」はまだまだ生きている。 同時に加害者側の動機、心情も併せて理解すべきである。 日本の歴史、社会、政治を変える日本史上最高記者会見                    2023.8.8 真犯人 Z氏と木原氏の人生を考える 2023.8.17 事件当日の Z 氏の行動を考察する 2024.8.24 民主主義の岐路.検察再捜査の動き    2029.8.30 事件のもみ消しを決して許してはならない    2023.8.31 事件を報道しない既存のメディアへの怒り                                                     文春報道によれば、2006 年 4月 9日の 午後10時ごろに東京都内で安田種雄さんと いう方が殺されたが自殺とされた。そして 2018年春に捜査が再開されたが、本格的な 捜査に入ろうとした矢先の同年10月下旬に 捜査が突然打ち切られた。  この事件の捜査に当たった警視庁元刑事 の佐藤誠さんが、先月28日

327. 能登はやさしや土までも(2)

 【2024年1月8日配信】          お金から「いのち」の時代へ(10)             たくましくやさしき能登に光させ                    2024年3月11日              気仙沼市 菅野 千鶴子                              二隻だけでは足りない話にならない      被災者全員を救う方法を考えるべき    「五百年のひびき」   「日々是稽古」 .        輪島名舟の人たちへのインタビュー .    当講座記事NO.318 世界に範たる日本国になるには 強震モニタ .    地震情報 .                        同NO.147「能登はやさしや土までも」(1) 八木 正    緊急に避難所の設備充実を          大地震から一週間たった今、改めて 以下の記事を再掲します。   日本海側の原発の現況が気になります。  当講座記事 NO.296と 297で珠洲原発  のことに言及しました が、珠洲原発が  建設されていたらこの地震で日本列島  と朝鮮半島には人が住めなくなってい  たのではないでしょうか。珠洲原発を  絶対に安全だと主張して推進していた  関 西 電力、中部電力、北陸電力、経産  省、政府は 謝罪声明を出すべきだと思  います。    震災被災者の避難先に下記写真のように  ビニールハウスが何箇所かありました。  ここは個人や隣近所で自主的に避難した  場所だと思います。ビニールハウスは、  地震に強いのではないでしょうか。    また、私は高校時代、山岳部で部活動を    していたのでその経験からすれば、冬用    テント、ツエルト、シュラフ、ヤッケ、  ポンチョ、コッフェル、ラジウスなどの  山岳装備を キ スリングに入れておき、 か  つ、テントの張り方、炊事の仕方を日頃  から練習し、いつでも野営に備えていた  らいいのではないかと思いました。  もっともこれらに相当する準備は、国、  県、市町 村の首長や各議員が、常日頃か  ら個人の人権とプライバシーに心配りを  したうえで、率先してしなければならな  い極めて重要な政治の仕事であると思い  ます。特に今現在おこっている震災は、  何年も前から充分に予測できたことだけ  に、最低

275. スポーツを文化にするために

【2022年10月10日配信】     交驩のエール     花開きつつあるエンジョイベースボール    「学生野球考」          慶應義塾大学野球部監督                   前田 祐吉      「サード!もう一丁!」「ヨーシこい」 と いう元気な掛け声の間に、「カーン」と いう 快いバットの音がひびくグラウンドが 私の職 場である。だれもが真剣に野球に取 り組み、 どの顔もスポーツの喜びに輝いて いる。息子 ほどの年齢の青年たちに囲まれ、 好きな野球 に打ち込むことのできる私は、 つくづく、し あわせ者だと思う。  学生野球は教育の一環であるとか、野球 は人間形成の手段であるということがいわ れるが、私の場合、ほとんどそんな意識は ないし、まして自分が教育者だとも思わな い。どうしたらすべての野球部員がもっと 野球を楽しめるようになるのか、どうした らもっと強いチームになって、試合に勝ち、 選手と喜びを共にできるのか、ということ ばかり考えている。  野球に限らず、およそすべてのスポーツ は、好きな者同志が集まって、思いきり身 体を動かして楽しむためのもので、それに よって何の利益も求めないという、極めて 人間的な、文化の一形態である。百メート ルをどんなに早く走ろうと、ボールをどれ だけ遠くへカッ飛ばそうと、人間の実生活 には何の役にも立たない。しかし、短距離 走者はたった百分の一秒のタイムを縮める ために骨身をけずり、野球選手は十回の打 席にたった三本のヒットを打つために若い エネルギーを燃やす。その理由は、走るこ とが楽しく、打つことが面白いからにすぎ ない。さらにいえば、より早く走るための 努力の積み重ねが何物にも替えがたい喜び であり、より良く打つための苦心と練習そ のものに、生きがいが感じられるからであ る。  このように、スポーツは余暇を楽しみ、 生活を充実させるための手段で、それ以外 には何の目的もないはずである。むしろ目 的のないことがスポーツの特徴であり、試 合に勝つことや良い記録を出すことは、単 なる目標であって終局の目的ではない。  かつて超人的な猛練習でスピードスケー ト の王者といわれ、冬季オリンピックの金 メダルを独占したエリック・ハイデンは「 金メダルは私の人生の目的ではない。それ に至るプロセスの喜びが私

266. 混迷する現代と統一協会 

【2022年8月28日配信】        親友ヨッチにささげる手記          -最期まで友情を信じて-                  石川県河北郡津幡町                 書店員 22歳  酒井 由記子  人は、どんな人と巡り合うか、どんな本 と出会うかによって人生が決まってくると、 ある作家が述べていたのをふと思い出す。 私にとってはまさにそうであった。出会っ た人達も書物もとても大きな影響を残し、 忘れられない出来事となっていったのであ る。   一、高校生の頃  今から六年前(1977年)、私は金沢 二水高校の二年生であった。いや二年生と いうより吹奏楽部生というほうが適切であ るほど私は部活動に情熱を注ぎ込んでいた。 みんなでマラソン、腹筋運動をしてからだ を鍛えあげ、各パートごとでロングトーン をして基礎固めをなして、全員そろって校 舎中いっぱいに響きわたるハーモニーを歌 いあげる。それは、先輩、後輩、仲間達の 一致によって一つの音楽をつくり出すとい う喜びを存分に味わった私の青春時代の真 っ盛りであった。ただ残念なことは、部活 動に熱中すればするほど勉強のほうはさっ ぱり力がはいらなかったことである。中学 生のときは、「進学校にはいるために」と いうただそれだけの目的で受験勉強ができ た。しかし、いざ高校にはいってみると、 また「いい大学にはいるために」と先生方 が口をすっぱくして押しまくる文句に素直 になれなかった。勉強する本当の意味が見 出せなかったのである。その頃から、私は 人間は何のために生きるのだろうかという ことまで突っ込んで考えるようになってい った。  父母が書店を経営しているため本は充分 にあり、書物を読むことによって答えを見 出そうとした。私の強い求めに応じるかの ように一冊の本が転がり込んできた。クリ スチャン作家である三浦綾子さんの『あさ っての風』という随筆集であった。聖書の 言葉がそこに登場しており、それはズシリ と心に響いたのである。その本に魅せられ て三浦さんの自叙伝も何冊か読み進めてい った。しだいに私の魂は、人間をはるかに 越えた大いなる存在があることを感じてい った。確信までは至らなかったけれども、 それらの本によって金沢のプロテスタント の教会に足を運び、牧師さんのお話を聞く ようにもな

280. 湯の人(4)現実と夢

 【2022年11月22日配信】   大きな便り                       加藤 蒼汰          秋とはいっても冬のような寒い夜だった。 浴室にはだれもおらず、脱衣場には番台に 座っている銭湯の主人と私ともうひとり。  その人は銭湯の近所の人であり、かつて 高校の教員をしていた。在職当時、馳浩・ 現石川県知事を教えていたと語っている。 八十歳を超えている。  この銭湯でよく顔を合わせ、会うたびに 知事の高校在学中のエピソードを繰り返す ので、私はその話の内容をすっかり諳んじ られるようになってしまった。高校入学時 から卒業までの様子、レスリング部での活 躍などであるが、私が特に感銘を受けた話 は、知事は高校時代、冬、雪が降り積もっ た朝には真っ先に早出登校して、生徒・教 職員を思いやり、校門から校舎玄関入り口 までの路をひとりスコップで雪かきをして いたというくだりである。  そんなすばらしい教え子をもつ元先生が、 服を脱ぎ裸になって浴室入り口に向かって 五、六歩あるきながら大便を三個落とした のである。気づかずに落ちたようなので、 私は「先生、落としもの」と声をかけると、 「ありりー、まったく気いつかんかった。 あはははは」と笑うのである。  私は、脇にあったチリトリでこの塊をす くいとり、「みごとな色と固さやね」と言 いながらトイレに流した。しかしながら、 脱衣場にはその匂いが全面に沁みわたり、 息が苦しくなるほどだった。このとき私は、 幼いころサーカスを見たときのことを思い だした。  それは曲芸をしていた象が巨大な大便の 塊を三個落とし、団員があわててスコップ で拾いあげていた光景であった。このとき の衝撃の記憶がよみがえり、私にとっさに チリトリを思いつかせたような気がする。 本を読んでいた番台の主人もその匂いで事 のいきさつに気づき、「匂いもすばらしい ね」と笑いながら脱衣場の窓を全開し床を 雑巾でふいてくれたが、その強力な匂いは 容易に消えなかった。  その間、先生は先に浴槽へ入り、気持ち よさそうに浸かっていた。私は先生と湯壺 にいっしょに漬かることに一瞬躊躇したが、 免疫機能が高まるまたとないチャンスでは ないかとの思いも何ゆえか突然こみあげて きて湯船に同席、お伴したしだいである。  「よくあることなんけ」と湯中、思わず
         柿岡 時正
         廣田 克昭
         酒井 與郎
         黒沢  靖
         神尾 和子
         前田 祐吉
         廣田 克昭
         伊藤 正孝
         柿岡 時正
         広瀬 心二郎
         七尾 政治
         辰巳 国雄
         大山 文人
         島田 清次郎
         鶴   彬
         西山 誠一
         荒木田 岳
         加納 韻泉
         沢田 喜誠
         島谷 吾六
         宮保 英明
         青木 晴美
         山本 智美
         匂  咲子
         浅井 恒子
         浜田 弥生
         遠田 千鶴子
         米谷 艶子
         大矢場 雅楽子
         舘田 信子
         酒井 由記子
         酒井 由記子
         竹内 緋紗子
         幸村  明
         梅  時雄
         家永 三郎
         下村 利明
         廣田 克昭
         早津 美寿々
         木村 美津子
         酒匂 浩三
         永原 百合子
         竹津 清樹
         階戸 陽太
         山本 孝志
         谷口 留美
         早津 美寿々
         坂井 耕吉
         伊佐田 哲朗
         舘田 志保
         中田 美保
         北崎 誠一
         森  鈴井
         正見  巖
         正見  巖
         貝野  亨
         竹内 緋紗子
         滋野 真祐美
         佐伯 正博
         広瀬 心二郎
         西野 雅治
         竹内 緋紗子
         早津 美寿々
         御堂河内 四市
         酒井 與郎
         石崎 光春
         小林 ときお
         小川 文人
         広瀬 心二郎
         波佐場 義隆
         石黒 優香里
         沖崎 信繁
         山浦  元
         船橋 夕有子
         米谷 艶子
       ジョアキン・モンテイロ
         遠藤  一
         谷野 あづさ
         梅田 喜代美
         小林 ときお
         中島 孝男
         中村 秀人
         竹内 緋紗子
         笠尾  実
         前田 佐智子
         桐生 和郎
         伊勢谷 業
         伊勢谷 功
         中川 清基
         北出  晃
         北出  晃
         広瀬 心二郎
         石黒 優香里
         濱田 愛莉
         伊勢谷 功
         伊勢谷 功
         加納 実紀代
         細山田 三精
         杉浦 麻有子
         半田 ひとみ
         早津 美寿々
         広瀬 心二郎
         石黒 優香里
         若林 忠司
         若林 忠司
         橋本 美濃里
         田代 真理子
         花水 真希
         村田 啓子
         滋野 弘美
         若林 忠司
         吉本 行光
         早津 美寿々
         竹内 緋紗子
         市来 信夫
         西田 瑤子
         西田 瑤子
         高木 智子
         金森 燁子
         坂本 淑絵
         小見山 薫子
         広瀬 心二郎
         横井 瑠璃子
         野川 信治朗
         黒谷 幸子
         福永 和恵
         小社発信記事
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         小社発信記事
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         秋山 郁美
         加藤 蒼汰
         森本 比奈子
         森本 比奈子
         吉村 三七治
         石崎 光春
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         中野 喜佐雄
         八木  正
         堀  勇蔵
         家永 三郎
         広瀬 心二郎
         菅野 千鶴子
         海野 啓子
         菅野 千鶴子
         海野 啓子
         石井 洋三
         小島 孝一
         キャリー・マディ
         谷本 誠一
         宇部  功
         竹内 緋紗子
         谷本 誠一
         酒井 伸雄
163、コロナ禍の医療現場リポート
         竹口 昌志
164、この世とコロナと生き方を問う
         小社発信記事
165、コロナの風向きを変える取材
         橋本 美濃里
166、英断の新聞意見広告
         小社発信記事
167、ワクチン接種をしてしまった方へ
         小社発信記事
168、真実と反骨の質問
         小社発信記事
169、世論を逆転する記者会見
         小社発信記事
170、世界に響けこの音この歌この踊り
         小社発信記事
171、命の責任はだれにあるのか
         小社発信記事
172、歌人・芦田高子を偲ぶ(1)
         若林 忠司
173、歌人・芦田高子を偲ぶ(2)
         若林 忠司
174、歌人・芦田高子を偲ぶ(3)
         若林 忠司
175、ノーマスク学校生活宣言
         こいわし広島
176、白山に秘められた日本建国の真実
         新井 信介
177、G線上のアリア
         石黒 優香里
178、世界最高の笑顔
         小社発信記事
179、不戦の誓い(2)
         酒井 與郎
180、不戦の誓い(3)
         酒井 與郎
181、不戦の誓い(4)
         酒井 與郎
182、まだ軍服を着せますか?
         小社発信記事
183、現代時事川柳(六)
         早津 美寿々
184、翡翠の里・高志の海原
         永井 則子
185、命のおくりもの
         竹津 美綺 
186、魔法の喫茶店
         小川 文人 
187、市民メディアの役割を考える
         馬場 禎子 
188、当季雑詠
         表 古主衣 
189、「緑」に因んで
         吉村 三七治 
190、「鶴彬」特別授業感想文
         小社発信記事
191、「社会の木鐸」を失った記事
         小社発信記事
192、朝露(아침이슬)
         坂本 淑絵
193、変わりつつある世論
         小社発信記事
194、ミニコミ紙「ローカル列車」
         赤井 武治
195、コロナの本当の本質を問う①
         矢田 嘉伸
196、秋
         鈴木 きく
197、コロナの本当の本質を問う②
         矢田 嘉伸
198、人間ロボットからの解放
         清水 世織
199、コロナの本当の本質を問う③
         矢田 嘉伸
200、蟹
         加納 韻泉
201、雨降る永東橋
         坂本 淑絵
202、総選挙をふりかえって
         岩井 奏太
203、ファイザーの論理
         小社発信記事
204、コロナの本当の本質を問う④
         矢田 嘉伸
205、湯の人(その2)
         加藤 蒼汰
206、コロナの本当の本質を問う⑤
         矢田 嘉伸
207、哲学の時代へ(第1回)
         小社発信記事
208、哲学の時代へ(第2回)
         小川 文人
209、コロナの本当の本質を問う⑥
         矢田 嘉伸
210、読者・投稿者の方々へお願い
         小社発信記事
211、哲学の時代へ(第3回)
         小社発信記事
212、哲学の時代へ(第4回)
         小社発信記事
213、小説『金澤夜景』(2)
         広瀬 心二郎
214、小説『金澤夜景』(3)
         広瀬 心二郎