302. 真心.正義.人道を教えた官僚と船頭
【2023年5月17日配信】
友をいたむ
福岡県立修猷館高校同窓
伊藤 正孝
遠い窓
わたしの心にある遠い窓
いつかはその窓から
そとを眺めてみようと思う
いつかは……と
さびしい言葉だが
あゝ 遠い窓
山内(豊徳)君。君は「おい、そんな古
い詩は公表するな」と苦笑いしているかも
しれませんね。でも君は、高校時代に創っ
たこの詩を愛していて、知子さんに読んで
聞かせたというではありませんか。遠い窓
というのは、若かりしころ君の心に住んで
いたあこがれでしょう。はたして君は、死
ぬ前に遠い窓にたどりついたのだろうか。
その窓からそとを眺めただろうか。私はそ
うではなかったのではないかと思います。
窓のそとにあったはずのやすらぎ、信頼、
そういったものを発見する前に逝ってしま
ったような気がします。
山内君。高級官僚として、君は人も羨む
栄達栄進の道を歩んだ。けれども官僚であ
ると同時に、純粋な一人の人間であろうと
した。このことは、君の人生をとても険し
いものにしたと思う。君の人生は、そのス
タートからして険しかった。まだ幼かった
ころ、お父さんは中国戦線で亡くなられた。
お母さんは君から去っていった。君は一人
で人生と闘わねばならなかった。もちろん、
お祖父さんや伯母さんのお力添えはあった
でしょう。それでも君は、少年のころから
一人で身じまいをする、できるだけつまし
く暮らす、頼れるのは自分一人だと決めて
いた。
山内君。大学を出ると君は進んで厚生省
に入省した。君自身が恵まれない、何の後
ろ楯もない弱者だったから、弱者とともに
生きるというのが、ごく自然な選択だった。
埼玉県庁にいたころの君が、障碍者につい
て、部落対策について、生き生きと語って
いたのを思い出します。君が弱者を支えて
生きる、弱者に支えられて君が生きる、そ
んな人生の充実ぶりを君は生き生きと語っ
ていた。君は眩しいほど輝いていた。私た
ち同級生は、君を祝福し、同時に日本の前
途に明るいものを感じていた。
山内君。いま私は怒っています。悲しむ
よりも怒っています。あんなに輝いていた
君をどん底に突き落としたのは何だったの
か、職場にもっと支えてくれる人はいなか
ったのか、と怒っています。同時に君にも
怒っています。もっと官僚に徹して生きる
手はなかったのだろうかと。人のためだけ
に生きるのではなくて、自分のためにも生
きることはできなかったのかと。
「そんな生き方は僕にはとてもできなか
ったよ」と君は言うでしょうね。水俣病裁
判をめぐって君が悩んでいたころ、私はイ
ラクにいました。だから君の苦境を知らな
かった。けれども同級生たちは君が政府を
代表して記者会見をしているのをテレビで
見て、「あゝ山内は、ずいぶん無理をして
いるな、自分の信念や人柄とは違ったこと
を言わされているな」と危ないものを感じ
ていたそうです。
山内君。君は一か月近くも、満足に眠っ
ていなかったそうですね。ある朝、出勤し
ようとする君に、知子さんが「そんなに命
がけでやらなきゃいけない仕事なの」と尋
ねたそうですね。君は「患者さんたちが『
私たちは命をかけています』って言うんだ
よ」と応えた。弱者を支えるのを生きがい
にしていた君が、最期は弱者と対立する立
場に追い込まれた。どんなに苦しかったで
しょう。
でも山内君。うれしいことが一つありま
す。水俣病患者が「山内さんには他の人に
はない何かがあった。私たちはそれを感じ
ていた」と話したと、今朝聞きました。患
者さんたちが感じとったのは、君の根本的
な優しさであり、奥底で光っていた君の高
潔さであったと私は信じます。厚生省や環
境庁を担当している記者たちの間で、君の
誠実さや見識は定評がありました。私たち
は君が同級生であることを誇りにしていま
した。
山内君。高校生のとき君は、『花園のあ
る風景』というきわめて暗示的な作品を書
いた。老人と幼い女の子が力をあわせて暮
らしていた。山本老人はときどき子どもの
ように声を出して泣くことがあった、とい
う書き出しを私は君の幼かったころの心象
風景に違いないと感じていました。やがて
女の子は金持ちの家の犬に追われ、みぞに
落ちて死ぬ。老人は失踪してしまう。しか
し老人が残した花園はいつまでも人々を慰
めたというものでした。
山内君。国家機構の壁、法律の壁、予算
の壁、いろいろな壁にはばまれて君は逝っ
てしまった。しかし君も私たちに花園を遺
してくれました。それは君の心のなかに香
っていた花園です。君が愛した知子さんは、
君を夫にもったことを誇りとしていること
と思います。知香子さんと美香子さんは、
君を父親にもったことを誇りとしていると
思います。そして私たち同級生は、知子さ
ん、知香子さん、美香子さんを支えながら
生きようと思います。
さようなら、山内君。
1990年12月8日弔事
いとう まさたか
朝日新聞記者
朝日ジャーナル記者・編集長
朝日新聞編集委員を歴任
「現代の声」講座で7度提言
上の記事は小社発行誌『北陸の燈』第5号より
当講座記事NO.8を再掲
著書に『欠陥車と企業犯罪』(三一新書、1972)、
『アフリカ ふたつの革命』(朝日選書、1983)、
『野戦服宣言-朝日ジャーナル巻頭言「風紋」』
(朝日新聞社、1990)、『アフリカ33景』(朝日
文庫、1985)などがある。
伊藤 正孝
〈参考〉
山内豊徳さん(1937・1・9~1990・12・
5)は、修猷館高校、東京大学法学部を卒
業後、厚生省、環境庁の官僚に。官房長、
自然保護局長、企画調整局長を歴任。
1990年、水俣病認定訴訟で国側担当者とな
った。
著書に 『福祉のしごとを考える』(中央法
規出版、1985年)、『福祉の国のアリス』
(八重岳書房、1992年)がある。
山内 豊徳
ある官僚の死 Death of a Government official
山内豊徳さんの思い出
官僚「山内豊徳」の死 - 浮動点から世界を見つめる
〈追記〉
亀岡・保津川下り事故 2023.3.28 毎日新聞
『不思議の国のアリス』(1865年)
〈追々記〉
2023.5.18 佐藤章さん、「正義」と「真心」を語る
意思、意志、理論、実践
「義を見てせざるは勇無きなり」(論語)
「汝の意志の格律が、常に同時に普遍的立法の原理
として妥当するように行為せよ」(実践理性批判)
画 滝平二郎 作 斎藤隆介
(福音館書店、1967年)
『八郎』- 朗読
プラトン『国家』『パイドロス』
2023.5.25 マドモアゼル・愛さん、ドストエフスキー・
イエスの情そして「オルフェウスの竪琴」の意味を語る
エマニュエル=ジョゼフ・シエイエス
第一身分 聖職者
第二身分 貴族
第三身分 平民
〈小社推薦note〉当講座記事NO.300から