403. 「直耕」を旨とする

 【2025年5月25日配信】        




    安藤昌益の思想               



                          東京教育大学名誉教授                                             

                                    家永 三郎       


 一七五二(宝暦二)年前後の時期に『自

然真営道』『統道真伝』などを著わして、

独創的な哲学の体系をうち立てた安藤昌益

の思想………。


 かれは、すべての人間は、みずから耕作

労働に従事し、穀物を生産して生活すべき

であり、自分は生産労働に従事することな

く、他人の生産した穀物を無償で手に入れ

て生活するものは盗賊である、という破天

荒の命題をその思想体系の中心にすえた。

そして、この根本原理を適用して、一切の

歴史的・社会的現象にきびしい批判を加え

たのである。かれによれば、昔は万人が自

ら耕作して生活する自然世(しぜんせい)

の社会を営んできたが、聖人というものが

あらわれて、いつわりの道徳を教えてから、

天子・将軍・大名・商人などという、他人

の穀を奪って生活する盗賊の支配する法世

(ほうせい)の時代となってしまった。今

日、世間に行なわれる犯罪・悪事・戦争な

どのよくないことは、すべてそこから来る

ものであって、盗みの本(もと)を絶たな

いでは永久に世の中の悪事はあとをたたな

いであろう、士農工商の四民の差別、支配

者被支配者の区別を全廃し、すべての人間

が上下のない平等の間柄となり、ひとしく

田を耕し機を織り、みずからの労働に衣食

する自然世の社会にたちもどることこそ、

究極の理想である、というのである。


 かれは、階級の対立、権力の支配、封建

的身分秩序をことごとく否定し去り、政治

組織・社会構造を根底から批判したばかり

でなく、男尊女卑の家族制度にもはげしい

攻撃をくわえ、一人の男が多くの女にまじ

わるのは獣の道であり、一夫一婦が昼耕し

夜交わり、上下のない平等の結合のもとに、

生活資料と人間との再生産をつづけていく

のが人間の道である、と主張したのであっ

た。


 封建社会のまん中にあって、これをその

根底から否定する、この思いきった独創的

思想は一体どのような歴史的条件から生れ

出たのであろうか。昌益の思想のあまりに

も徹底した考え方は、江戸時代には到底、

公然と発表できる性質のものではなく、そ

の主著はあまり人の眼にふれなかったため

であろう、かれの存在それ自体さえほとん

ど後世に伝えられず、明治になってから、

はじめて発見されたくらいであるから、か

れの伝記についても、明らかでないところ

が多い。


 八戸で町医者を開業していたこと、後に

故郷秋田の二井田(今の大館市の一部)に

帰って死んだことのほか、何人かの門弟た

ちの名が知られている程度である。おそら

く東北の、もっとも後進的な農村の実情を

まのあたりに見た一知識人として、尊い生

産労働に従事しながらはげしい収奪のため

に最低の生活におとしいれられている農民

の窮乏の原因を考えていったとき、ついに

本質的な社会矛盾につきあたり、そこから

独自の思索を展開させることに成功したの

ではあるまいか。古来すべての思想がこと

ごとく階級的な支配と搾取を支持しないま

でもやむをえない事実として黙認してきた

のをかえりみるとき、はじめてこの根本問

題に正面からとりくみ、勤労人民の立場を

正しく代弁する哲学を樹立した昌益は、日

本の思想史の上にきわめて大きな位置を占

めているといってよいだろう。




 




  家永三郎著『日本文化史第二版』

(岩波新書、1982)から抜粋

  同書は著者より恵贈

  小社発行『北陸の燈』第5号から

  当講座記事NO.36再掲


  安藤昌益著
『自然真営道』
    野口武彦抄訳
(講談社学術文庫、2021)  


  あんどう しょうえき

  1703(元禄16)年~ 1762(宝暦12)。

   心ある町医者。

   忠犬ハチ公と同郷。

   250 秋田犬「ハチ」の心・昌益と同郷

  八戸市の安藤昌益資料館出入口の外に坐す昌益


  丸山真男著
『日本の思想』
(岩波新書、1961)
   丸山真男も同書や『日本政治思想史研究』の中で
   昌益に言及して、腹中、心服していると思われる。










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