410. 兵戈無用への道程(三)
【2025年7月11日配信】
プーチンへの右手の励まし
ワリエワ問題・負けて勝つ逆転の超美技
越前市 朝倉 陽子
兵戈無用へ向けて
アレクサンドラ・ベリャコワ
木偶乃坊写楽斎さん撮影
当講座記事NO.283、284、285、300から
以下も朝倉陽子さんの川柳
ワリエワの薬物疑惑事細かに報ずれどワクチン成分問わぬ報道
オリンピックを政治と憎しみの場に変質するIOC
スポーツ精神もわきまえぬIOC面々五輪稀有の至宝をも潰さんと
嫉妬深い狭量小バッハへの大バッハの怒り天を衝く
今の世とあるべき世の構図を北京に見る
せめて競技者と元競技者だけですればどうか五輪運営
天賦の才ひきだすトウトベリーゼをIOC会長に
師を越えるカミラの願い現実に
速さ華麗さ柔らかさに強さもあわせもつ宙へ羽ばたくカミラの舞い
荷が重すぎても実力歴代世界一十五歳ワリエワ史上最高演技
ワリエワの右手の励ましに木陰で胸なでおろすプーチン一滴の落涙
写真 2022.2.18 日刊スポーツ
<参考文献>
読者の方々から以下のご意見がありました。
「IOCこそ問題
ジャンプ服の違反やドーピングに関して、
服については競技前に検査すればいいだけ
の問題であり、ドーピングに関しても大会
前に把握解決しておけばいいだけの問題で
ある。大会中にこれらの問題を引き起こす
ことは、IOCが自らの非や誤りを検査、
把握解決しようとしない、また、できない
IOC自体に重大な問題がある。
五輪、スポーツは利権や政治の場ではな
い。競技者の鍛えた技や表現、努力、体力、
能力、人間性を存分かつ最高に発揮させる
舞台を創り整えることこそIOCの最大の
責務、重責であるはずである。また、その
ような発想や感性を持てない者は、五輪や
スポーツに関わるべきでない。」
「ドーピングについて
オリンピックは誰のために、何のために
行なっているのだろうか。改めてその原点
を問いたい。
そもそも勝利至上主義や各国メダル獲得
数をあおるなどスポーツの趣旨、目的から
逸脱した利権商業主義のもとにIOCがオ
リンピックを独占、運営していることこそ
ドーピングの原因がある。
自らドーピングをまねきながら、これを
時と場合によって問題視しようとする様は
マッチポンプの典型であり、滑稽でもある。
IOCが組織をあげて、さらに組織に関
わる各個人全員が一人ひとりこのことを謙
虚に反省し、勝利至上主義や利権商業主義
を改革できないかぎりオリンピックは真の
スポーツとはなりえないし、文化とは永遠
に程遠いものにますますなっていくだけで
ある。」
「ワリエワをたたえる
私は普段ほとんどテレビを見ないが、ワ
リエワがどんなフリーの演技をするのか興
味をいだき、その演技だけを見ることにし
た。
ロシアのシェルバコワ、トルソワと日本
の坂本花織の三人が上位を占める中、同僚
の二人を表彰台に上げるには、最後の演技
者ワリエワは坂本の得点を下回る演技をし
なければならない前代未聞の厳しい状況に
なってしまった。
だが、このことはワリエワには想定済み
のことだったに違いない。どのような情況、
逆境にあっても決してするはずのない二回
の転倒を含め数々のミスをして暫定4位に
なった。十五歳の大きな決断であったと私
はみている。ワリエワ本来持ち前のスピー
ドを若干緩めて滑ったように思う。この難
しい状況下にあって見事としかいいようが
ない。ロシアにも浪花節があったのである。
スケールがあまりにも大きなカザニ節が。
およそスポーツとは縁遠いIOCとそれ
に追随するメディアの仕掛けた奸計の罠と
もたたかい、これを真正面から打ち破った
のである。
がんばった坂本への予期せぬ大きなプレ
ゼントでもあり、ウクライナ問題に揺れる
プーチンをもアシストしたのであった。
さらにもうひとこと付け加えれば、この
ワリエワの逆転の滑走とジャンプは、本当
の戦争の危機から、ロシアだけでなくウク
ライナも全世界をも救ったことになってし
まった。」
「五輪の鑑
スポーツに国境、国籍はない。
もし仮にカミラ・ワリエワがロシアでは
なくEU諸国の代表であったとしたなら、
IOCもメディアも諸手をあげて、ワリエ
ワを『より速く、より高く、より強く』の
オリンピックの象徴、鑑として連日大絶賛
していたことであろう。彼らはワリエワが
ロシアの代表であったことが悔しくておも
しろくないだけである。プーチンのいるロ
シアの。
また、IOCは腹の中では密かにワリエ
ワが優勝することを望んでいたに違いない。
それどころか、ワリエワ優勝は間違いない
という確信、想定のもとに言動していた。
そうなれば、ロシアが金銀銅をも独占する
ことになり、表彰式をとりやめ喜悦の声を
あげてロシアを、そしてプーチンを非難で
きると思っていたからだ。ワリエワの優勝
を最も待ち焦がれていたのは、実はこのよ
うな愚か者のIOC面々であった。
ワリエワは、IOCが主催するIOCの
用意した競技場でIOC相手にもたたかわ
なければならないという、IOC自身がオ
リンピック憲章をないがしろにした情況の
中であの演技をこなしたのである。
何故、最高の舞台で最高の演技をさせな
いのか、IOC各位の卑屈な精神、精神構
造が問われる。」
「二本刃土俵入り
事実は小説よりも奇なり。
休場せずおんなワリエワいい度胸
土俵際お蔦ワリエワおんなだて
ワリエワを勝たそうとして肩すかし
いちゃもんをつけるバッハに乗り込んで
わしが決着つけてやる
余計なことをしないでくれと
茂兵衛カミラに叱られた
無類力士雷電のよみがえり
無類融氷香美楽和理慧羽の
太刃持に名乗り大関御嶽海
露払にと関脇若隆景も参上
物言いばかり 五輪の親方
カミラやいばで おわら 切り返し
しぶき飛び散る 氷の上で
粋な覚悟の カミラ 土俵入り
上州 駒形茂兵衛」
雷電爲右衛門 - Wikipedia
カミラ・ワリエワ - Wikipedia
2019.8.27 ワリエワ インタビュー
トウトベリーゼコーチ インタビュー
栴檀は双葉より香し
当講座記事NO. 6「学生野球考」
大バッハ
G線上のアリア(当講座記事NO.170から)
東京藝術大学休学中学舎で澤和樹学長が演奏
当講座記事NO.378の続き
2025.6.22 林浩治さん
「愚銀のブログ」更新しました。久しぶりです。
キム・ユギョン著『青い落ち葉』
(松田由紀・芳賀恵訳、北海道新聞社、2025)
の書評を書きました。
脱北作家の短編集ということですが、
そういった政治性抜きに面白い小説です。
参考
「アジアと芸術 digital」noteから
政治関連有名人ネット人気度番付小社発表
横綱 深田萌絵 立花孝志
大関 飯山陽 有本香
関脇 警察官ゆり さとうさおり
小結 さゆふらっと さや
前頭 ひろゆき へずまりゅう
前頭 ホリエモン ほんこん
前頭 パックン 細川バレンタイン
前頭 野口健 ケント・ギルバート
前頭 見城徹 モーリー・ロバートソン
前頭 金美齢 リチャード・コシミズ
前頭 エンドゥ デーブ・スペクター
前頭 ロンブー淳 ペマ・ギャルポ
前頭 デヴィ夫人 フィフィ
前頭 今井絵理子 英利アルフィヤ
前頭 今井光郎 山谷えり子
前頭 筒井義信 山尾志桜里
前頭 藤井実彦 山田宏
前頭 石井啓一 山口敬之
前頭 櫻井祥子 山中泉
前頭 櫻井よしこ 山根真
前頭 桜井誠 増山誠
前頭 川裕一郎 丸山穂高
前頭 川田龍平 片山安孝
前頭 川中だいじ 片山虎之助
十両 上川陽子 片山さつき
十両 笹川陽平 鳩山由紀夫
十両 細川護熙 村山富市
十両 井川意高 青山繁晴
十両 松川るい 山東昭子
十両 大川宏洋 山口那津男
十両 立川志らく 山口真由
十両 江川紹子 山本朋広
十両 丸川珠代 河井案里
十両 玉川徹 河合悠祐
十両 及川幸久 河添恵子
十両 笹川博義 河野太郎
十両 長谷川幸洋 河村たかし
幕下 吉川里奈 梅村みずほ
幕下 中川郁子 杉田水脈
幕下 佐川宣寿 葛城奈海
幕下 佐藤優 佐波優子
幕下 高市早苗 水島総
幕下 高須克弥 内海聡
幕下 高橋はるみ 浜田聡
幕下 リハック高橋 藤井聡
幕下 高橋洋一 藤岡信勝
幕下 高見千咲 林千勝
幕下 高木毅 広瀬めぐみ
幕下 高木かおり 麻生太郎
幕下 高木啓 鳩山二郎
幕下 高岡達之 田崎史郎
幕下 小林鷹之 橋本五郎
幕下 小谷哲男 新田八朗
幕下 小池百合子 小泉進次郎
幕下 小泉悠 中村逸郎
幕下 泉房穂 八幡和郎
幕下 泉健太 福山哲郎
幕下 古市憲寿 古舘伊知郎
幕下 古川雄嗣 三枝玄太郎
幕下 古川俊治 玄葉光一郎
幕下 古川元久 鳩山紀一郎
幕下 須藤元気 玉木雄一郎
幕下 齋藤元彦 齊藤健一郎
幕下 島田紳助 須田慎一郎
幕下 成田悠輔 松本誠一郎
幕下 花田紀凱 田原総一朗
幕下 竹田恒泰 篠原常一郎
幕下 門田隆将 茂木健一郎
幕下 黒田東彦 小泉純一郎
幕下 野田佳彦 野口聡一
幕下 岡部芳彦 渡部陽一
幕下 菅義偉 鈴木俊一
幕下 菅野完 大前研一
幕下 生稲晃子 萩生田光一
幕下 池上彰 手嶋龍一
幕下 岩上安身 石丸伸二
幕下 神保哲生 宮台真司
幕下 神谷宗幣 韓鶴子
幕下 田母神俊雄 鶴保庸介
幕下 橋下徹 野田聖子
幕下 橋本岳 橋本聖子
幕下 三橋貴明 橋本琴絵
幕下 三浦瑠麗 阿比留瑠比
幕下 三原じゅん子 シャドウ岩橋
幕下 武見敬三 自見英子
幕下 不破哲三 古賀誠
幕下 二階伸康 前原誠司
幕下 木原誠二 千原せいじ
幕下 松原耕二 百田尚樹
幕下 松井一郎 村上春樹
幕下 山本一太 岡田直樹
幕下 舛添要一 猪瀬直樹
幕下 徳永信一 初鹿野弘樹
三段目 福永活也 内田樹
三段目 岡田克也 八代英輝
三段目 橋口かずや 苫米地英人
三段目 榛葉賀津也 鈴木大地
三段目 前田万葉 鈴木直道
三段目 枝野幸男 鈴木貴子
三段目 日枝久 佐藤正久
三段目 執行草舟 孫正義
三段目 木村草太 石平
三段目 草野仁 石濱哲信
三段目 宮路拓馬 石井彰
三段目 馬淵澄夫 石井孝明
三段目 馬場伸幸 石原伸晃
三段目 音喜多駿 石丸幸人
三段目 宮崎駿 石戸諭
三段目 北村晴男 有村治子
三段目 平野雨龍 有田芳生
三段目 平沢勝栄 嘉田由紀子
三段目 加藤勝信 小野田紀美
三段目 勝間和代 大田弘子
三段目 薬師寺道代 太田房江
三段目 羽賀ヒカル 太田光
三段目 大津綾香 大空幸星
三段目 大野泰正 大谷翔平
三段目 大野元裕 大谷光淳
三段目 大村秀章 大谷暢裕
三段目 津田大介 大谷昭宏
三段目 朝堂院大覚 中田宏
三段目 中田敦彦 中川宏昌
三段目 中条きよし 中山展宏
三段目 中谷元 中曽根弘文
三段目 竹中平蔵 吉村洋文
三段目 山中竹春 村井嘉浩
三段目 姜尚中 義家弘介
序二段 田中眞紀子 青山和弘
序二段 田久保眞紀 福島正洋
序二段 豊田真由子 安藤裕
序二段 倉田真由美 黒川弘務
序二段 世良公則 世耕弘成
序二段 岸信千世 岸博幸
序二段 岸口実 原口一博
序二段 浜田靖一 石原宏高
序二段 新田哲史 上脇博之
序二段 新浪剛史 三木谷浩史
序二段 養老孟司 鮫島浩
序二段 森下千里 馳浩
序二段 森健人 森屋宏
序二段 森喜朗 森山裕
序二段 森康子 森内浩幸
序二段 森まさこ 宮沢孝幸
序ノ口 我那覇真子 与国秀幸
序ノ口 忽那賢志 東国原英夫
序ノ口 西岡力 岡秀昭
序ノ口 福岡政行 尾身茂
序ノ口 井上正康 中曽根康隆
序ノ口 上昌広 足立康史
序ノ口 上念司 安達悠司
序ノ口 下地幹郎 西田昌司
序ノ口 下村博文 西村康稔
序ノ口 木村太郎 反町理
序ノ口 杉村太蔵 鈴木敦
序ノ口 藤村晃子 茂木敏充
序ノ口 吉村作治 吉野敏明
序ノ口 有吉弘行 芳野友子
序ノ口 北野武 南部智子
序ノ口 北野裕子 中田優子
序ノ口 安藤優子 小渕優子
序ノ口 安野貴博 松野明美
序ノ口 松野博一 稲田朋美
序ノ口 松山千春 畝本直美
序ノ口 松本純 本間奈々
序ノ口 松原仁 松沢成文
序ノ口 松あきら 松島みどり
前相撲 安倍昭恵 松田学
前相撲 安積明子 岩田明子
前相撲 安住淳 牛田茉友
前相撲 ASKA YOSHIKI
前相撲 GACKT ガーシー
以下省略(敬称略)
辻野弥生著『福田村事件
-関東大震災・知られざる悲劇』
福田村事件
満州清和会・岸安倍三代と統一協会の癒着
参考
米露首脳会談を今やる意味
「樹」-卒業制作- 金沢美術工芸大学4年 青木春美
反骨のジャーナリスト表明
「義を見てせざるは勇無きなり」論語為政第二24
子曰「非其鬼而祭之、諂也。見義不為、無勇也」
義が貴い人道であることを知りながら、これを
実行しないのは勇気がないものである。
(岩波広辞苑)
人としてなすべき正義を見知りながら、なそう
としないのは真の勇気がない意気地なしである。
(大修館新版漢語林)
当然なすべきことであるということを知ってい
ながら、これをしないのは勇気がないのである。
(角川漢和中辞典)
悪を知りつつ善と正を行なう意はありやなしや。
(小社)
幸徳秋水『基督抹殺論』(岩波文庫、1954)の
「跋文」を田岡嶺雲が執筆
田岡嶺雲 高知県高知市出身
宮武外骨 香川県綾歌郡綾川町出身
桐生悠々 石川県金沢市出身
1945年9月2日
随員の岡崎勝男終戦連絡中央事務局長官が、
重光葵外相の意を取り付け、リチャード・
サザランド米中将に、4カ国代表の降伏文
書署名の間違いを指摘して、署名のし直し
を求める。サザランド中将が署名欄を訂正。
日本側の態度は立派である。その時の映像。
岡崎勝男
(GHQ が公職追放にする)サザランド
(マッカーサーの右腕)徐永昌
(中華民国代表・山西省生)天地(あめつち)の 別れし 時ゆ
よどみなく ゆらぐ
海原 見れど 飽かぬかも
打ちわたす 大海原に 夕日入り
漕ぎ行く船は
見るに さやけし
大伴家持作
立山(たちやま)の雪し消(く)らしも
延槻(はひつき=早月)の
川の渡瀬(わたりぜ)鐙(あぶみ)
浸(つ)かすも
『万葉集』巻第十七
(立山の雪が消えていくらしい。
早月川の渡り瀬で、馬の鐙が水に
つかっている。)
小を積めば即ち大と為る.『報徳記』富田高慶1856
でえごぬ花が咲き
風(かじ)を呼(ゆ)び 嵐が来た
でえごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
繰り返す くぬ哀(あわ)り
島わたる 波ぬぐとぅ(如)
ウージの森で あなたと出会い
ウージの下で 千代にさよなら
島唄ぐゎ 風に乗り
鳥(とぅり)とともに 海ゆ渡り
島唄ぐゎ 風に乗り
届けてたぽり 私(わんく)ぬ涙(なだ)ぐゎ
でえごぬ花も散り さざ波が揺りるだき
ささやかな幸しは うたかたぬ波ん花(ばな)
ウージの森で 歌った友(どぅし)よ
ウージの下で 八千代を去り
島唄ぐゎ 風に乗り 鳥とともに 海ゆ渡り
島唄ぐゎ 風に乗り 届けてたぽり 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ
このまま永遠に夕凪を
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ
島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の涙
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ
島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
1945年9月2日
随員の岡崎勝男終戦連絡中央事務局長官が、
重光葵外相の意を取り付け、リチャード・
サザランド米中将に、4カ国代表の降伏文
書署名の間違いを指摘して、署名のし直し
を求める。サザランド中将が署名欄を訂正。
日本側の態度は立派である。その時の映像。
岡崎勝男
(GHQ が公職追放にする)参考
2022 年 8月10日に、日本外国特派員協会で
田中富弘・統一協会会長が記者会見をしたが、
これはいったいどういう意味の会見なのだろ
うか。会の進め方がおかしいし、司会や特派
員の質問がゆるすぎる。せっかく会長を登壇
させたのだから、的を得た本質をつく質問が
あってしかるべきだ。これでは特派員協会と
いう「場所」での会見の意味はない。ジャー
ナリズムが感じられない。
そんな中でも、田中氏の発言の中で私が注目
したのは、日本や世界の「共産主義」と対峙
するために統一協会が活動しているというく
だりだ。田中氏の話を聞いていると、同会の
教義内容は創価学会とかわらない、また、既
存の神道やキリスト教、仏教教団ともかわり
ばえしないものだということだ。日本の各政
党やマスコミの主張・論調、企業倫理ともか
わらない。
田中氏の語る共産主義とは、全体主義やファ
シズムといってもよい。これを否定し、同会
は世界連邦主義(ワンワールド)をめざすと
言っているにすぎない。
しかしながら、よく考えてみると、世界連邦
主義の内実は、全体主義・ファシズムであり、
個人の自由を否定するものであり、田中氏の
語る共産主義と言ってもよいものである。そ
こには、この世の中をより良くしたいとか、
この世に生きる人々の幸福を願うという心底
からの思いもない。思想の謙虚さもない。人
間の自然な感情の発露も許されない。
ということは、同会は共産主義を否定し、こ
れとたたかいながら、共産主義をおしひろめ
ているという矛盾をかかげる主張をし、かつ
行なっているのである。つまり、統一協会の
目指すところは共産主義の世界ということに
なる。
京都学派の創始者・西田幾多郎は、絶対矛盾
の自己同一なる世界を唱えたが、統一協会は、
ひょっとして西田哲学の影響を受けているの
かもしれない。 (当講座編集人)
当講座記事NO.319から
満鉄調査部
週2022 年 8月10日に、日本外国特派員協会で
田中富弘・統一協会会長が記者会見をしたが、
これはいったいどういう意味の会見なのだろ
うか。会の進め方がおかしいし、司会や特派
員の質問がゆるすぎる。せっかく会長を登壇
させたのだから、的を得た本質をつく質問が
あってしかるべきだ。これでは特派員協会と
いう「場所」での会見の意味はない。ジャー
ナリズムが感じられない。
そんな中でも、田中氏の発言の中で私が注目
したのは、日本や世界の「共産主義」と対峙
するために統一協会が活動しているというく
だりだ。田中氏の話を聞いていると、同会の
教義内容は創価学会とかわらない、また、既
存の神道やキリスト教、仏教教団ともかわり
ばえしないものだということだ。日本の各政
党やマスコミの主張・論調、企業倫理ともか
わらない。
田中氏の語る共産主義とは、全体主義やファ
シズムといってもよい。これを否定し、同会
は世界連邦主義(ワンワールド)をめざすと
言っているにすぎない。
しかしながら、よく考えてみると、世界連邦
主義の内実は、全体主義・ファシズムであり、
個人の自由を否定するものであり、田中氏の
語る共産主義と言ってもよいものである。そ
こには、この世の中をより良くしたいとか、
この世に生きる人々の幸福を願うという心底
からの思いもない。思想の謙虚さもない。人
間の自然な感情の発露も許されない。
ということは、同会は共産主義を否定し、こ
れとたたかいながら、共産主義をおしひろめ
ているという矛盾をかかげる主張をし、かつ
行なっているのである。つまり、統一協会の
目指すところは共産主義の世界ということに
なる。
京都学派の創始者・西田幾多郎は、絶対矛盾
の自己同一なる世界を唱えたが、統一協会は、
ひょっとして西田哲学の影響を受けているの
かもしれない。 (当講座編集人)
かもめの啼く音に ふと目をさまし
2022 年 8月10日に、日本外国特派員協会で
田中富弘・統一協会会長が記者会見をしたが、
これはいったいどういう意味の会見なのだろ
うか。会の進め方がおかしいし、司会や特派
員の質問がゆるすぎる。せっかく会長を登壇
させたのだから、的を得た本質をつく質問が
あってしかるべきだ。これでは特派員協会と
いう「場所」での会見の意味はない。ジャー
ナリズムが感じられない。
そんな中でも、田中氏の発言の中で私が注目
したのは、日本や世界の「共産主義」と対峙
するために統一協会が活動しているというく
だりだ。田中氏の話を聞いていると、同会の
教義内容は創価学会とかわらない、また、既
存の神道やキリスト教、仏教教団ともかわり
ばえしないものだということだ。日本の各政
党やマスコミの主張・論調、企業倫理ともか
わらない。
田中氏の語る共産主義とは、全体主義やファ
シズムといってもよい。これを否定し、同会
は世界連邦主義(ワンワールド)をめざすと
言っているにすぎない。
しかしながら、よく考えてみると、世界連邦
主義の内実は、全体主義・ファシズムであり、
個人の自由を否定するものであり、田中氏の
語る共産主義と言ってもよいものである。そ
こには、この世の中をより良くしたいとか、
この世に生きる人々の幸福を願うという心底
からの思いもない。思想の謙虚さもない。人
間の自然な感情の発露も許されない。
ということは、同会は共産主義を否定し、こ
れとたたかいながら、共産主義をおしひろめ
ているという矛盾をかかげる主張をし、かつ
行なっているのである。つまり、統一協会の
目指すところは共産主義の世界ということに
なる。
京都学派の創始者・西田幾多郎は、絶対矛盾
の自己同一なる世界を唱えたが、統一協会は、
ひょっとして西田哲学の影響を受けているの
かもしれない。 (当講座編集人)
222 躍動




