387. 小説『金沢夜景』

 【2024年3月21日配信】       

 小説『金澤夜景』から                     



 第二篇 金沢夜景     



         作家 広瀬 心二郎          


 金沢の中心街から見ると駅をはさんだ裏

側、香林坊あたりのにぎわいとは比べよう

もないが、それでも路地に幾つか赤提灯が

並び、そこそこの雰囲気を醸し出す一角で、

麻は着物姿にタスキをかけて、暖簾を出し

ているところだった。袖がまくれて、五十

を過ぎた今でも艶のある白い腕が露わにな

っている。


 ここが行き止まり。


 夕映える空を仰ぎながら、暖簾を掲げる

このひとときに、そんな感慨を抱くのが毎

日のならいとなっている。二十数年前、友

を頼ってこの土地に来て馴れない水商売に

飛び込み、幾つか店を移った。泥をかぶり

ドブを這いまわるようにして食いつないで

きた。


 海辺近くの、いささかいかがわしいよう

な一杯飲み屋を手伝っていた頃には、やは

りこうして暖簾を出しながら、空を舞うカ

モメに向かって、そこから見たらあたしみ

たいな女はおかしかろうね、と話しかけて

いた自分の姿を思い出す。


 ようやく自分の店をもてた。よくも悪く

も、ここが行き止まりなのだと、心に語り

かけているのである。


「おはよう」


 背中に声をかけられ、振り向くと常連の

伊三さんがビニール袋を手にして立ってい

る。


「ちょっといいがが手にはいったから」


「いつも、悪いねえ」


 袋の中身は、タラである。伊三さん自身

は工場の勤めが還暦を過ぎても続いている

が、実家が漁師をしている関係で、ときお

り、こうして差し入れをしてくれる。のみ

ならず、ことあるごとに何かと世話をやい

てくれる。この店もその口利きで借りるこ

とになった。口さがない客の中には、麻に

対して下心があるのだろうと陰で噂してい

る者もいるようだが、麻の夫の信行、信さ

んと古くからの昵懇の仲なのであり、それ

以上のことはこれっぽっちもない。


「ねえ、いささん。だいぶ遠くまできてし

もた、なんて思うことってないけ」


「あんね。そんな時に思いつく言葉もある」


「なんや」


「ならず者。とうとう一丁前になれなかっ

た男」


「はは。で、とどのつまりが飲んだくれ」


「ああ。飲み屋のカウンターで歳とってく

ってわけや」


 店の入り口には、客それぞれの風が吹く。

生きるのに疲れきったような客が暗い視線

を流しながら入ってくる時には、木枯らし

をいっしょに連れてきたりする。逆に伊三

さんなどはいつも春風といっしょだった。

小柄な体が、今夜も遊びまっせ、と弾むよ

うに入り口に立っただけで、雰囲気が一気

に明るくなる。


 そのはずで、若い頃には大阪で流しを家

業にしていた人である。店の花見や忘年会

などには、使い込んだ相棒のギターを抱い

てきて、なまで伴奏をしてくれるのだ。流

しの頃の伊三郎という名は芸名で、ずいぶ

ん堅苦しい本名があるのだが、そちらのほ

うは麻は忘れてしまっている。


 カウンターの端のいつもの席に掛けた伊

三さんに一杯出して、差し入れの魚をさば

きはじめると、店の電話が鳴った。麻が出

たが、何も言わない。何度か呼びかけてい

るうちに、かちゃりと切れてしまう。


「なんや、無言電話かいね」


「うん、このごろ、週になんどか」


「ほおん。だれやろ。客でだれか麻ちゃん

に気がありそうなもんっておるかね」


「……あたしの子どもやないかって思うん

やけど」


「ああ」



 富山に別れた前の夫がいる。そこに、上

は女、下は男のふたりの子を置いてきてい

た。


 このところ、麻はそろそろ女として終わ

りになりそうな気配を感じている。月のも

のが来たり来なかったり。のぼせが来て、

寝汗をかいたり、眩暈がしたり。


 置いてきた子を思うのは毎日のことで、

ときおりそれゆえの鬱がひどくなる。そこ

に更年期の不調が重なって、目の下に隈を

こしらえた顔で店に出ていると、伊三さん

が心配して声をかけてきた。ふた月ほど前

だ。ほかの客が引いたあとで麻もいささか

酔いがまわっていて、めったに口にしない

心の懊悩を打ち明けた。


 店から五分ほどの、麻たち夫婦が暮らす

マンション、といっても狭いアパートのよ

うなところだが、その押し入れに信さんが

後生大事にしている本がダンボール箱に五

つ、ぎっしりと詰めて置いてある。学生時

代からの宝物なのだという。たいていはも

う紙の色が変わってしまった文庫本である。

麻も小説が好きで、まとまった時間があく

とそのダンボールをあさってみたりする。


 その中の、吉川英治の短編集に、「下頭

橋由来」という作品があった。無論時代物

である。江戸は巣鴨に近いある村の、石神

井川にかかる橋の下に若い物乞いが住み着

いた。人が通りかかると振り仰いで、ビタ

銭でも投げてやると一心に頭を下げて礼を

する。悪ガキどもが馬鹿にして橋の上から

小便をかけたりしても、ただにやにやと笑

っている。さりかといって、どうも根っか

らの物乞いでもない様子だった。体も満足

なら顔立ちも人並みである。川に落ちた子

供を助けたりもして、いつしか村人に愛さ

れるようになっていった。ところがある日、

ひとりの侍が橋を通りかかり、物乞いの正

体を見抜いて腰のものを抜き放って追いか

けた。侍は小田原の人で、物乞いは侍の妹

と恋仲になり出奔、妹を取り戻しに行った

侍の弟を切ってしまい、妹は非を悔いて自

害したのだという。村人が物乞いをかくま

い、なんとか逃がそうと画策するのだが、

とうとう侍に切られてしまう。男の住んで

いた小屋を片づけてみると、それまでに投

げ与えられたビタ銭を一枚も使わなかった

ように残してあり、それを入れた袋には「

下頭億万遍一罪消業」と見事な書体でした

ためてあった。つまり、男は物乞いとなっ

て人々に頭を下げつづけることで、おのが

罪を贖うつもりでいたのだった。


「その下頭億万遍一罪消業というのが、あ

たしの気持ちなんよね。前のだんなと、大

人どうしは別れてしまえばそれですんだけ

れど、いたいけな子どもたちをおいて家を

でてきたのは、やっぱまちがいやったなあ

って」


 伊三さんは頭を下げて、煙草の灰を叩く

のも忘れて聞いていたが、


「いま、どうしとっか、わからんがかね。

麻ちゃんの親戚で様子を知らせてくれる人

とかは」


「いとこがおって気にかけてはくれてたん

やけど、子どもたちの様子とかは、なんも」


「ほんならな、弁護士に知りあいがおるか

ら、頼んでみっるよ。そこらのやくざな興

信所なんかより、よっぽどあてになっから」


 伊三さんが言ってくれて、それから十日

ほどのちに、住民票の写しが麻の手に入り、

麻は思案の末、子供たちに手紙を出してい

た。前夫は再婚しており、娘の美沙は富山

市内にひとり暮らし、弟の賢一は名古屋に

出て運送会社の寮に入っている。今更母親

面ができるはずもなく、会いたいなどとは

書かなかった。ただ、下頭億万遍の詫びの

つもりだったが、それでほんのすこし、積

年の心の痛みが薄らぐような思いはあった。

               


それからの、無言電話なのである。


「ほうなら、かえって悪いことしてしもた

かな。いらんことして」


 早くも目のまわりを赤く染めて伊三さん

が言う。


「なあん。でもやっぱし子どもやなくて、

あたしにはほの字のお客かも。前に勤めて

た店でも、そんなことがあったの。車のラ

イトを消して店の近くでじいっと待ってて、

あたしが店からでると、ライトで足もと照

らすみたいにして、ただそれだけの人やっ

たんやけど。………こんでもどこがいいんか

ねえ、そこそこ寄ってくる男がいて」


「ほうけ」


 無理に声を明るくつくって言ってみたが、

やはり子供たちにちがいないと確信してい

る。どちらだろう。娘か、息子か。


 それでも有り難かった。無言電話でも通

い合うものは、あるのである。言葉はなく

ても、向かい合っている。向こうも、何か

語りたくてかけてきているのだ。そのうち

に、ひと言聞けるかもしれない。


 常連客がひとり、ふたりと顔を見せて、

麻は気持ちを切り替えた。金沢の初冬の食

べ物といえば、ブリである。定番の、大根

との煮付けだが、かなり評判がよかった。

蓮根もこの季節のものだ。煮物も出すが、

麻は蓮根を擦って揚げたりしている。あと

は甘えび、そして犀川と浅野川で捕れるゴ

リ。


 常連さんには職人が多い。節くれた自分

の太い指をしみじみ眺めながら、


「うらの指は、んな親指やなあ」


 と、馴染みの職人が笑う。するとその連

れの、やはり職人が、


「いつも思うんやけんどなあ、よくまあ、

われみてえな男に、あんなうつくしかあち

ゃんがきたもんやな」


「ほりゃおまん、男には顔よりでんなもん

あっさきな。前に娘にな、かあちゃんの若

いころのほうがおまえよりかきれいやった

っていうたらな、そりゃそうや、とうちゃ

んの血が半分まじっとるんやからって、は

ごむかれてしもうて」


「そりゃ、そのとおりや」


「わしも知らんまに還暦になったわ。ほん

で、ひとつ、やっとわかった」


「なんや」


「わしもろくなもんで、ねかったってこと

や」


「ほれに気なつくがに、わりゃあ六十年も

かかったちゅうことか」


「ほうや」


 そんな、腹を抱えるような掛け合いのあ

とに歌が出て、卑猥な話が飛び交い、麻も

負けずに切り返して笑う。笑いながら、ふ

と子供たちを思う。思えば、今のこの暮ら

しが風呂敷でひとまとめにして片づけるよ

うに、ぷいと飛んでしまうような気がする。


 そのうちに、ひと悶着あった。店はカウ

ンターに七脚椅子があり、こあがりに卓が

ひとつ置いてある。そのこあがりで月に一、

二度顔を見せる客同士が声を荒らげはじめ

たのである。


「おっ、いさきか、おもしぞ、やれやれ」


 カウンターの客が無責任に囃し立てる。


 麻が飛んでいく。


「なに、どうしてん」


 聞くと、政治の話だという。


「けんかやったら、こんな狭いとこでせん

で、外ではんなりしまっし」


 たしなめると、喧嘩ではない、議論だと

いう。


「議論なんなら、おたがいの考え尊重しん

と」


 ぴしっと言うと、客は苦笑いを浮かべて、


「おこらってしもたな」


「ああ、ママがいちばんおとろしわ」


 舌を出して小さくなっている。


 こんなことは、日常茶飯事だ。対応して

いる時に、麻は自分の底にハガネのように

黒光りする強さを見る。どうも自分は強さ

と弱さと両極端を併せもっている、と感じ

る。


 ここに店を借りて八年近くなる。色々な

人間が通り過ぎていった。概して男どもは

面倒だった。飲むと気が立つ、助平になる。

話すことといえば、自慢話、賭けごとの話、

そしてなぜか天下国家だ。深酒を続けて体

を壊していった者もいる。馴染みの独り者

がぱたっと顔を見せなくなって、麻と信さ

ん、伊三さんでアパートを訪ねてみると、

血を吐いて亡くなっていたこともあった。

その時ほど、因果な商売に入ったものだと

思い知らされたことはない。


 それでも、そこに酒がある。人が人とし

て暮らしはじめた頃にはもう酒があったに

ちがいない。心というものがあるから、そ

の心が生きていくということだけでぽろぽ

ろ傷つくから、酒が必要なのだ。人間とは

そのような生き物なんだと思う。


 そんな、哲学的な思いにふけっていると

ころに、入り口の戸が開いて、夫の信さん

が入ってきた。


「マスター、おかえり」


 客から声がかかる。信さんは精いっぱい

の愛想笑いを浮かべて応えるが、目が笑わ

ない。それぞれに連れてくる風がある。細

身で猫背、陰鬱に眼鏡を光らせて、信さん

の風はシベリアおろしだ。もっと愛想よく

するように何度か意見してきて、以前より

かなりよくなってもこんなである。


 印刷会社に勤めていて、夜はこうして手

伝っているのである。


 信さんが厨房に麻を手招きして、ポケッ

トから手紙を出した。差出人を見て、麻は、


「あっ」


 と声を出した。富山に置いてきた娘の名

がそこにあった。

 

              

湯ぶねの中で麻はずいぶん長い時間、ぼ

うっとしていた。お湯で流しても流しても

溢れてくるものがある。二十何年か前も同

じだった。きっかけは忘れてしまったが、

ひどい喧嘩の果てに、前夫はすぐに出てい

けと言う。酒の勢いで、自分の言葉に興奮

してなお言い募る。そのあとにいつも待っ

ているのは、暴力でしかない。何度も同じ

ことを繰り返してきたふたりだったから、

負けずに言い返す麻ももう女ではなく、黒

光りするハガネの心そのものとなっていた。

すべてを捨てる気になった。


 家を出て、あれはどこかの安旅館の風呂

の中で声をあげておいおい泣いた。布団に

入ってしばらくして、子供のことを思うと、

頭の中で脳味噌が妙な感じになった。なん

だか頭に手を突っ込まれて、掻きまわされ

る、いや、脳味噌が布団をたたむように折

り重ねられるような感じである。気が狂う、

と思った。あの時は、酒の力を借りてよう

やくおさまっていた。


 目を赤くしたまま寝室に入ると、信さん

はまだ寝ておらず、布団の中で文庫本を広

げている。そうか、明日は日曜だったと気

がついている。


 鏡台に向かって顔にクリームを塗ってい

ると、信さんが鏡の中から、


「娘さん、なんて」


「………きてくれるって、この次の土曜」


「そうか、そりゃよかった」


「うん。その時いっしょに金沢の駅いって

もらえるかね。来週は休みになりそうかね」


「ああ。休める。でも、おれみたいもんが

顔だしてもいいんかな」


「子どもにも手紙で知らせてあっから。信

さんのことは」


「そうか。………ときどき、おまえが朝の支

度なんかをしとる時にね、この姿はもとも

と子どもたちのためにあったはずやな、な

んて思ったことがある。それにおまえ、夜

中に、よく、つらそうな寝言いってたな」


「えっ、あたし、寝言なんかを」


「うん。寝言っていうより、泣き声かね。

夜中にせつなそうに声をあげるんや」


 布団に入ると、信さんが腕を伸ばして髪

を撫でてくれる。


 信さんとは以前手伝っていた店で知り合

った。もう生きていない人のような感じだ

った。体の中に深い悲しみがあって、世の

中から一歩はみ出してしまっていて、そこ

が自分の場所と決めているような感じだっ

た。


「なんだか、こわい気も」


「そうか」


「あたしんなかじゃ、あの子たたちは昔の

まんまなんよ。小さいころの姿のまんま。

こんな母親でもちょっと様子がいかったか

ら、自慢やったようやし。いまのあたしは

このとおりにあばずれてしまって。…………

あたしを見て、あの子、どう思うかね」


 罪、という言葉がある。ずっと、その言

葉の海の中をゆらゆら漂ってきた気がする。

もし子供が、母親がいないことでぐれてい

たら、あるいは人生を悲観して死を思うよ

うになっていたら。そんなことばかり考え

てきた。


 麻は、幾つか流れ歩いた店で客と寝たこ

ともある。金も絡んでいたが、金だけでな

く、女にはそんな時がどうしようもなく、

あるのだった。麻の中の幼いままの子供た

ちの視線が、そういう麻の過去を刺してく

る。



 その日は、店を休んだ。常連さんには、

前もって伝え、有り体に訳も話しておいた。


 この時期の北陸には珍しい、小春日和に

なった。信さんとふたりでコートを車に置

いて金沢駅の改札口に十五分ほど早めから

待っている麻の体の芯に、しかし震えるよ

うな寒さがある。


 不安なのだった。娘がどう変わっている

か、その目にどう自分が映るか、そしてそ

れ以上に、再会することじたいが結局苦い

ものになってしまうのではないか、という

不安。


 下頭億万遍。もし娘が望むなら、この駅

の人込みの中で土下座してもいいつもりで

来ていた。


 化粧も身なりも、いつもよりずっと地味

にこしらえてきている。電車が入ってきた。

目を凝らす。手紙には、目印に緑色のビニ

ールの袋を提げて行くとあったが、目印は

必要なかった。改札口を抜けてくる人々の

群れの中に、ひと目でそれとわかる、すら

りと背の高い若い娘の姿があった。その顔

立ちが、自分の若い頃そのままを見るよう

だった。


 美沙は、麻たちに気がつくと実におおら

かな笑みを浮かべて手を上げ、


「ハーイ」


 アメリカのテレビドラマに出てくる若い

恋人たちが、朝ごとの挨拶を投げ合うよう

な感じで言った。かたかな言葉としか麻に

は思えなかった。金縛りにあったようにす

くんで、ようやくぎこちなく手を上げ返し

ていた。


 若い女というものをもし一筆書きに一気

に書いたら、こうだろう。娘はそう思わせ

る様子で目の前に立っている。柔らかな、

ほどよく肉のついたすらりとした肢体、そ

して明るくしっかり前を見ている、そんな

気のする広やかな顔。


 溢れてくるものをそのままに立ち尽くし

ている麻に、通り過ぎる人たちがちらちら

と視線を投げていく。


「おかあちゃん」


 美沙は信さんにも頭を軽く下げて、ハン

カチを取り出して麻に手渡した。


「ありがと」


 答えるのが精いっぱいだった。


 海沿いに、店の仕入れをしているところ

があって、そこに寄って帰ることにする。


 信さんのぽんこつ軽自動車の座席で揺ら

れながら、手を重ねてふたりとも黙ったま

まだった。金沢港が見えると、美沙が小さ

く声をあげる。


「ああ、海がきれい」


 夕日がそろそろ水平線にかかろうとして、

きらめく波光が目を射た。


「ちょっと、海、見ていかん」


 そう言うと、美沙もまだほぐれきらない

気持ちを頬の硬さににじませて、うなずい

た。波止場で車を降りる。信さんはふたり

からすこし離れ、煙草をくゆらせていた。


 沖のほうから波がふくらみ沈み波止場に

打ち寄せ、また返していく。同じことを繰

り返しながら、波はひとときも同じ姿にな

ることはないのではないかと思う。想像も

つかない昔から海はこうしてきたのだ。そ

う思うと、小さな人間の存在を超えるもの

が体を包んでくれる気がする。海と話をし

に来るのが麻は好きだった。


「あたしね、一日じゅう、こうやって海を

見とっても飽きんがよ」


「ああ、昔そんなこと、おかあちゃんいっ

とったん聞いたよな覚えあるっちゃ。なん

どか岩瀬浜のほうに連れてってもらったね」


 その浜へは富山の市街から旧国鉄の電車

が通っていた。最近ではスマートな路面電

車に切り替えられたらしい。


 同じ海をふたりで見詰めながら、何かま

だちぐはぐで、ぎこちなかった。今日の自

分が一番怖かったのは、このことだったと

気がついている。やはり遠かった。埋めら

れない距離があった。それでも、娘も懸命

にこちらに踏み込んでくれようとしている

のはわかる。


 何なのだろう。私がこの子なら、殺した

いほど母親を憎んだことだろう。なんでこ

んなにものわかりがいいのだろう。


「おかあちゃん、ちょっと冷えてきたね」


「うん。じゃ仕入れをしてかえろか。どこ

かでうまいもんでも、食べるかね。このさ

きに地魚のおいしい鮨屋があるけど」


「………ううん。おかあちゃんの手料理のほ

うがいいっちゃ」


 ふたりして立ち上がり、信さんにも声を

かける。歩きかけて、


「美沙、おかあちゃんて、よく呼んでくれ

たがね。ありがとう」


 言葉をかけつづけるんだ。そのほかに、

ふたりのあいだにある距離を埋めてくれる

ものはない。そんな気がしている。とにか

く、話つづけるんだ。

              


狭い台所で美沙も手伝いをしてくれると

いう。エプロンのひもを腰でゆわえる、そ

結びかたがちょっと変だった。蝶結びにな

っていない。箸のもちかたも、ちょっとお

かしい。


 そのふたつを、まだ麻が子供の頃のある

日、母親が教えてくれた覚えがある。でも、

今日はまだ、そんなことを押しつけがまし

く言わなくていいと思う。


「美沙は、彼氏とかは、おるがか」


 尋ねると、


「うん、おるよ」


 美沙の肌が照ったようだった。


「わたしね、もうじき、結婚すんがよ」


「えっ、そいが」


 ちょっとまた胸が詰まった。


「その前におかあちゃんのこと、気持ちん

なかで片づけておきたかったんよ。ちょう

どそこに手紙もらったから、もしかしたら

神様ってほんとにおるがやないかって思っ

たが。………そんなに泣かんで。お料理みん

な塩漬けになってしまうっちゃ」


 麻の鼻の下が真っ赤になっている。


「ちょっと、悔しいがぜ。あたしがおらん

でも、美沙がこんなにいい子に育ってくれ

て」


「なん。わたしってそんないい子じゃない

がよ。前は、ぐれてた。ヤンキー」


「ええっ、美沙がヤンキーね」


「金髪でぶりぶりいわせとったが。へへ。

わたしすごく荒れとったんよ。なんに荒れ

とるがかもようわからんとね。そのころな

ら、おかあちゃんの手紙、すぐに破って捨

てとったかもしれん」


「ああ。………きっと彼氏がいい人なんや」


「うん。………こうやって、ほら」


 美沙はコップに水道の水を満たして、


「こうやってね、コップがいっぱいになる

とね、水が自然にあふれてくるやろ。こん

なぐあいかなあ、なんてときどき思ってね。

自分でいうんもちょっと恥ずかしけど、み

んなが、わたしが変わった、変わった、や

さしくなったっていうから、気持ちが満た

されて人にもやさしくできるよになったが

かなとか思って」


 料理ができて、信さんと三人で卓を囲ん

だ。座った信さんが、


「あっ、美沙ちゃんは、たばこは」


「ああ、吸いませんけど。なん、つかえん

ちゃ」


「ああ」


 信さんは煙草に伸ばした手をまごまごと

引っ込める。


「吸ってもいいがよ」


 麻が口をはさむと、


「いや、いい。ビールはどうかね」


 信さんは緊張した時の、それが癖で、す

こし言葉がつかえている。


「ああ、いただきます」



 風呂からあがった信さんが、気をきかせ

て隣りの部屋で寝るという。ふたりきりに

なると、美沙が小机の上に立ててある写真

を見て、


「あれ、このすてきな人は」


「ああ、あたしの友だちで、こっちにくる

時に世話になったんや。この人がおらなん

だら、おかあちゃん、いくとこなかった」


 水商売のイロハから教えてくれた町子と

いうその人は肝臓をやられて三年前に亡く

なっていた。中学で同級だった。店に出る

前に必ず手を合わせている。


「おかあちゃん、おじさんて、だいぶ繊細

なが」


「信さんやろ。本人はこわれものやってい

うとる。神経が、こわれたがやて。昔にね、

若いころなんかあったらしい。七十年の安

保って、学生運動の盛んなころがあったや

ろ。そのころに大阪のほうの大学にいって

たがやけど、運動のなかで、心がこわれて

しもよなことがね」


「そうなん。でも、いい人やね」


「ずっと苦しんどった人が育ててきた心の

深さっていうもんはあるさけね」


 信さんは、ほとんど昔のことを話さない。

留置場だか拘置所だか刑務所だか、そのど

れかに入っていたことがあるらしい。その

区別が麻にはつかなかった。よほど悩んだ

日々だったのだろうか。天下国家を考え、

人間を考え、ぼろぼろになったらしい。


 それで、自分の過去も合わせてみて、人

間がほんとうにものを考えるとは、実は体

を痛めるほどのことなのだと麻は思う。


「ねえ、おかあちゃん、おとうちゃんに殴

られたりしたこと、あったがやない」


「………うん」

 

 前夫のことは、夫婦ふたりのあいだであ

ったことは誰にも話したことがない。おそ

らく話しても世間にはわからない。夫婦と

はそういうものだ。そして話さない、ひと

言も口にしないことが麻の意地であり、誇

りでもあった。しかし、娘に今はすこしだ

けなら愚痴めいたことを聞かせてもいいの

ではないかと思って、


「たたかれて鼻の骨が曲がって、いまでも

よく鼻がつまることあるが」


「ほんとなが。………お酒やろ」


「うん。気が弱い人やったから、お酒を飲

むと変わってしもが。それに、おかあちゃ

んのこと、つれというより、母親みたいが

に思とったがやないかね。甘えて、ぐずっ

て、気にいらんことあっと、あばれて」


 悲しい目をして荒れていた。麻を殴る時

だ。夫婦としてそばにいても、お互いの心

の遠さに絶望しているような、あるいは荒

れ狂う自身の心に絶望しているような目だ

った、と今になれば思える。


「それに、ちょうど美沙を身ごもった時に、

浮気なんかしてね。男には、結局わからん

がよ。女が子どもを産んあの痛さも」


「だらやったんやね。そんなとこやないか、

思とったんやわ。おとうちゃん、いまは、

お酒飲まれんちゃ」


「あれ、そいがか」


「それでおかあちゃん泣かせてしもたって

自分でもいうとる。いつも、おかあちゃん

はとってもきれいな人やったって。ただ、

相性とか反りがあわなんだとか、そんなん

でいっしょに暮らせんがになったって」


 あの人が、そんなことを子供たちに。ま

さか。あの酒乱のろくでなしの夫がそんな

気のきいたことを口にしていたなんて。長

い年月の憂いが、美沙のその言葉で一気に

溶けていくような気がして、胸の中で、手

を合わせている。


「賢一は、美沙がきょうここにこられるが

知っとるん」


「うん。電話で知らせておいたけんどね。

にえきらん感じやった。男の子はね、また

母親への思いがちごがやろか」


「そんながやないかね、うん。賢一、トラ

ックに乗っとるが」


「長距離やわ。デコレーションのぎらぎら

したトラックやいうとった」


 美沙はふと、窓のほうを見やって、


「街の灯がきれいやね。よくこうやって神

通川に映る夜の景色をながめてね、おかあ

ちゃんどうしとるんかなって思とった。お

んなじふうに夜の景色見とっても、子ども

のころとぐれてるころと最近と、気持ちに

残るもんがちがうんや」


 ふたりして窓辺に寄って、あのあたりが

香林坊、主計町、などと金沢の街の灯のま

たたきをしばらく眺めていた。子供たちの

ことを思って麻がこの街の灯を見詰めてい

る時に、ずっと向こうの富山の街でも、幼

い美沙が窓に顔を当てるようにしてこちら

を眺めていたのだ。その姿が麻の瞼に浮か

んでくる。


「なんか、美沙、きょう、眠れそうもない

っちゃ」


 布団に入って美沙はそう言っていたが、

そう言ってどれほどの時間も経たないのに

静かになったと思ったら、もう健やかな寝

息を立てていた。



「よかったな。ほりゃ。よかった」


 伊三さんが手放しで喜んでくれた。その

脇で、信さんがしんねりむっつり飲んでい

る。


 美沙は麻が大事にしていた加賀象嵌のブ

ローチをもって帰っていった。結婚式に胸

に飾るから、と言っていた。


「だいぶ、しみてきたな」


「こりゃ、たんと舞うかもしらん」


 昨日とはうって変わって底冷えのする夜

になった。


 その時電話が鳴り、麻が手に取ると、相

手は何も言わないでいる。賢一、と言葉が

出かかる。呼べない。かちゃり、とそのま

ま切れてしまう。心持ちその音が今日は柔

らかになった気がする。カウンターのふた

りの視線が麻の手もとに来ている。


 なにごとにも、どんな人の営みにも、そ

れなりの訳はあるのだ。せめてそれだけは

わかってほしい。麻は、そう、受話器に向

かってつぶやいている。

                   (了)




  

 撮影:作田 幸以智さん

  (当講座記事NO.104、174から)








当講座記NO.213~216再掲


以下参考

『金澤夜景』第一篇「箸の先」は、

当講座記事NO.69にあります。

 NO.70 の記事には同書の「推薦の

言葉」があります。


また、広瀬心二郎さんの詩が当講座

記事のNO.10 にあります。さらに、

エッセイがNO.60、92、102、122、

150にあります。


作田幸以智さん撮影の写真が、当講座

記事 NO.172-174とNO.104、NO.176、

NO.184、208、222にもあります。


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  69、小説『金澤夜景』(1)

  70、松帆榭(しょうはんしゃ)にて











人気の記事(過去30日)

385. お金から命の時代へⅡ

【2025年3月1日配信】 当講座記事NO.320 の続き                   来たる時代への提言(最新記事順)        冴え 澄み わたる母音のひびき        近藤佳星がうたう世界最高民謡『追分』 .          かもめの啼く音に ふと目をさまし      あれが 蝦夷地の 山かいな                                渋谿をさしてわが行くこの浜に 月夜飽きてむ馬しまし停め 大伴家持(万葉集巻19・4206) 396 冴え澄みわたる母音の響き                                以上の記事は当講座記事NO.393に続く 以下2025.4.1以前の記事 2025.4.1 石破茂首相が記者会見 .     2025.4.1 佐藤章さん、前日の記者会見出席報告 2025.4.1 NHK、中居フジ事件被害女性コメント 2025.3.31 中居正広・フジテレビ事件 佐藤章さん、下記記者会見予定質問報告 第三者委員会調査結果報告記者会見中継 清水賢治・フジテレビ社長記者会見中継 調査報告書全文 記者多くして 中居 山にのぼる さら問いできない縛りでは質疑にならず フジ側は調査報告書を盾に真実を語らず 兵庫県知事と逆パターンの非論理不誠実 幾人寄れば文殊の智慧うかぶ 2025.3.31 木偶乃坊写楽斎さん撮影 湊川沿いの桜満開  氷見市        宇木の千歳桜(あずまひがん) 一本桜 樹齢850年   時  2023.4.4 場所  長野県下高井郡山ノ内町  写真提供 新井信介さん 2025.3.31 中居正広・フジテレビ事件 佐藤章さん、下記記者会見予定質問報告 第三者委員会調査結果報告記者会見中継 清水賢治・フジテレビ社長記者会見中継 調査報告書全文 記者多くして 中居 山にのぼる さら問いできない縛りでは質疑にならず フジ側は調査報告書を盾に真実を語らず 兵庫県知事と逆パターンの非論理不誠実 幾人寄れば文殊の智慧うかぶ 2025.4.1 NHK、中居フジ事件被害女性がコメント 2025.4.1 佐藤章さん、前日の記者会見出席報告 2025.3.31 朝鮮日報 モスクワでプーチンのリムジン爆発、安否は如何に 2025.3.30 ...

224. 天と地をつなぐ「おわらの風」

【2022年1月22日配信】   大寒           七尾市 石島 瑞枝             雪解けの春風を待つ坂の町               秋風 (2023.9.3)            横浜市 髙祖 路子    夜流しの音色に染まる坂の街                         鏡町地方衆、先人のご苦労をしのびその息吹に応える夜流し .  今町のおわら .      2023.9.3 最終日、西町青年団最終おわらの舞い .                               撮影 木偶乃坊写楽斎さん         〈参考〉                               越中八尾おわら風の盆               「深夜の夜ながし」      日本と日本人が失くしてしまった、  奪 われてしまった温かい心情、 郷愁  --それらを求めて各地から 数多の  見物者 が、 魅入られたかのように、  取りもどす か の ように八尾へ と 足を  運 ぶ の だろうか。  高橋治と石川さゆりの『風の盆恋歌』  の影響が大きいとも八尾ではいわれ  て いる。言葉と 歌の 力のすごさか。  事実、この 歌 の前と後とでは、風の  盆訪問 者 数に圧倒的な差がある。  紅白で、「命を賭けてくつ がえす」  と、着物の 袖 を 強く 握りしめ 揺さぶ  り ながらうた った 「くつがえす」の  一語の中に、日本の 歌手 として歩ん  できた 石川さゆりの、 自 らの心の奥  底にある深い 懐 いをも 包んだ 全 情念  が 込め ら れて い る。  旅人の多くが八尾に滞在してい る中、  わずかのさすがの通だけが、おわら  本来 の良 さ が漂っている深夜の夜流  し の、 後ろ姿を見ている。個性 ある  いで たちもすばらしい。  おわらは見せるものなのか、見られ  るこ とを意識すらせずに心ゆく まで  自ら楽しむものなのか。あるいはま  た、…… …… 高橋治と 石川さゆりは、  諸々のことを考える、見直すための  たいへ ん な「契機」 を 与 えて くれ た  ので ある 。    個人的な所感を...

307. 職人の心意気 -「技」の文化 -

 【2023年7月3日配信】             手作りへのいざない       -「技」の文化-       縫い針のひとはりに込める夢             敦賀市 宮岸 かなえ            てのひらに落ちる雨滴が灯をともす                    鹿児島市 井上 治朗                        器(うつわ)  器への思い                        九谷焼絵付師  宮保 英明         用という約束の形を提供しながら、その 形の中でどれだけ新鮮な自身の感覚を保ち 得るか、どんな可能性を引き出し得るか、 自身を試す姿勢で器と向かい合いたい。  自意識による変身、習慣のタガをはずし、 本来まったく自由に扱える創作表現への自 意識を、材質としての焼きものにぶつけた い。  盛られる料理に好かれる器。使いよくて 楽しくて、ついつい使ってしまう器。見た 目に静かで、しかし強い存在感を持ち、素 直に語りかけてくる。そんなものを心がけ てつくりたい。 みやぼ ひであき 20歳から絵付けをはじめる。 1950年石川県白山市生まれ。 石川県加賀市日谷(ひのや)在住。 日谷川をはさんで両側に民家と山が並ぶ。 谷間の村・日谷の向こうには人はいない。 宮保家の裏もすでに森である。 仕事をするのにいい場所をさがし歩き、 1984年の夏、白山市から引っ越してきた。 「ときどき熊が顔を出す」と妻の文枝さん。 小社発行・『北陸の燈』第4号より 撮影・八幡スタジオ 当講座記事NO.21、249再掲 当講座記事NO.223、「職」に関する記事から     芭蕉布ムーディー綾番匠くずし 平良 敏子   鋏 川澄 巌  文駒縫(あやこまぬい) 竹内 功   匠  足立区が誇る「現代の名工」    当講座記事NO.269、「世界屈指の技と清ら」から   流し猫壺 河井 寛次郎      「祖父寛次郎を語る」鷺 珠江さん     当講座記事NO.280、「湯の人(4)」から   樹 -卒業制作- 青木 春美     当講座記事NO.22、「織を通して学んだこと」から...

275. スポーツを文化にするために

【2022年10月10日配信】      「学生野球考」         慶應義塾大学野球部監督   前田 祐吉                               中国・張博恒(左)と台湾・唐嘉鴻   唐 「こんなのもらっちゃったよオレ」   張 「よかったらオイラのもあげるよ」   唐 「そっちのは錆びてるみたいだね」   張 「ほんとだ。だったら交換してよ」   唐 「ならオレのも持ってけよ」            石原裕次郎『錆びたナイフ』   史上最高演技   史上最高選手      勇気ある発言   「オンニ、ここで記念に一緒に撮りましょ」   「オレは笑いをこらえるが、笑って何が悪いんだ」    台湾、中国、日本、コロンビア  体操鉄棒4選手      葉隠・武士道を覆す号泣                       「サード!もう一丁!」「ヨーシこい」 と いう元気な掛け声の間に、「カーン」と いう 快いバットの音がひびくグラウンドが 私の職 場である。だれもが真剣に野球に取 り組み、 どの顔もスポーツの喜びに輝いて いる。息子 ほどの年齢の青年たちに囲まれ、 好きな野球 に打ち込むことのできる私は、 つくづく、し あわせ者だと思う。  学生野球は教育の一環であるとか、野球 は人間形成の手段であるということがいわ れるが、私の場合、ほとんどそんな意識は ないし、まして自分が教育者だとも思わな い。どうしたらすべての野球部員がもっと 野球を楽しめるようになるのか、どうした らもっと強いチームになって、試合に勝ち、 選手と喜びを共にできるのか、ということ ばかり考えている。  野球に限らず、およそすべてのスポーツ は、好きな者同志が集まって、思いきり身 体を動かして楽しむためのもので、それに よって何の利益も求めないという、極めて 人間的な、文化の一形態である。百メート ルをどんなに早く走ろうと、ボールをどれ だけ遠くへカッ飛ばそうと、人間の実生活 には何の役にも立たない。しかし、短距離 走者はたった百分の一秒のタイムを縮める ために骨身をけずり、野球選手は十回の打 席にたった三本のヒットを打つために若い エネルギーを...

328. ふるさとなまり

 【2024年1月28日配信】   おばばの言葉                       白山市 番匠 俊行                                私の両親は石川県石川郡美川町(現白山 市)に生まれ育ちました。両親のそれぞれ の両親も同町の生まれ、育ちです。除籍簿 を見ると、私の先祖は全員、明治初期から 同町の住人でした。  私は高校時代まで美川で育ち、そのあと 関東の大学を卒業し、宮城県内で就職し、 現在、郷里の美川で塾教師をしています。  私の祖母は1900年生まれで伝統産業 の美川刺繍をしていました。亡くなるまで 町から一歩も出たことがなく、町の人たち との会話を楽しみに生きていたようです。  その会話を耳にした一端をご紹介します。  美川町は手取川の河口の町で日本海に面 しています。作家の島田清次郎、詩人の邑 井武雄、政治家の奥田敬和、歌手の浅川マ キ、五輪トランポリン選手の中田大輔らの 出身地でもあります。  「美川弁」といってもいい言葉は、隣町 の能美郡根上町(現能美市)や能美郡川北 村(現能美郡川北町)、石川郡松任町(旧 松任市、現白山市)ともちょっと異なって いると思います。  私は金沢市内の高校に通ったのですが、 私の話す言葉がおかしいと、いつも友人に 笑われていました。言葉だけで伝えるのは 難しいのですが、動詞、形容詞、形容動詞 のエ音便がイ音便になったり、また、人名 や名詞の発音のアクセントや抑揚、強弱、 長短が独特みたいです。  鹿児島弁が混じっているのではないかと 言う人もいます。もしそうであれば、最初 の石川県庁が美川町に置かれたことと関係 しているのかもしれません。内田政風とい う薩摩藩士がトップとなりはるばるこの町 にやって来たと聞いています。ひょうきん な美川の人たちが薩摩から来た役人たちの 言葉をおもしろがって真似して、流行らせ、 それがそのまま一部根づいたのではないか と思ったりもしています。  内田はなぜか金沢県とすることを拒否し、 県名を石川郡から拝借して石川県にし、さ らに「美川県」にとまで県名をかえようと したと聞きます。石川県はあわや美川県に なっていた可能性もあったということです。  これはこれでおもしろい話ですが、内田 は、美川町を中心にした金沢以上の新たな ...

319. 何者でもない者が生きる哲学  

【2023年11月4日配信】         考えることがなぜ大切なのか     小を積めば即ち大と為る. 『報徳記』富田高慶1856    二宮尊徳翁曰く 「励精小さなる事を勤めば大なる事必ずなるべし。  小さなる事をゆるがせにする者、大なる事必ず  できぬものなり」     読書のすすめ 背負い歩き考える二宮金治郎          ロダンの『考える人』よりもりっぱに思える         薪を負いて名定まる         損得から尊徳の世へ             朱買臣 哲学の時代へ(第14回)                                        以下の文はkyouseiさんという方のnote にある文です。偶然みつけ共感するものが ありこれまで何度か勝手にその文を紹介し てきました。どこのどなたかまったく存じ 上げませんが、またお叱りを受けるかもし れませんが、本日掲載の文をご紹介します。 (当講座編集人)            本当の哲学とはなにか            note での投稿も長くなった。 連続投稿 が 370 を超えたようだ。そんなことはどう で もい いことだが、ぼくはこれまで 「哲学」 だと 思って書いていた記事は、「本当に哲 学 な のだろうか」と思うことがよくある。 皆の言う「哲学」は、「○○哲学では…」 と 難しい話をよく知っている。 ぼくはというと、思考を治療的に使って 現 状の維持、回復を狙うものだ。 「何が不満か」「何がそうさせるのか」と いった答えを探すものだ。だから「治療的 哲学」と銘打っているのだが、はたしてそ れは哲学なのだろうかと思うこともある。 ぼくの哲学は「結果が全て」であり、再 現 性も求める。結果が出ないとすれば、や り 方がまずかったとすぐに修正する。自分 自 身を実験台にして確かめるのだ。 難しい話を好まないのは「使えない」 か ら だ。使えないものは真理ではないと 考え て いる。 だからといって、ぼくの視野が広いか とい えばそうではなく、個人という狭い世 界観 をどう変えるかといったものだ。 「大したことないな」と思われるだろう が、 では、...

365. 瓊音(ぬなと)のひびき

 【2024年10月5日配信】 白山に秘められた日本建国の真実      追悼          長野県 中野市  文明アナリスト   新井  信介        共振する縄文の心・翡翠の 波形         -泰澄の白山開山の意味-                                                                               白山は縄文時代からの山として人々の信 仰を集めてきた。六千年前、日本列島では、   お互いの命の響きを正確に伝え合う共振装 置としてヒスイを発見し、大切に身に着け 出した。その信仰の中心に最も響きの分か る女神を選び、ヌナカワ姫と代々呼ばれ続 けた。太古の時代から白山の存在は、北の 日本海と南の太平洋へと流れ行く命の水を 分け恵む特別な水分(みくまり)の山だっ た。そんな日本列島に憧れ入植した人たち から、命を産み育てる力はイザナミと呼ば れ、人々はこの力を、水そのものと同一に 見ていたのだ。                           一方で、国や統治体のことをイザナギと   呼んだ。これらは陰と陽のように表裏を成   し、この二つの力がこれまでの日本国を導   いてきた。しかし令和が始まった今、日本   国というこの統治体は人々の幸福よりも経   済の発展を重視し、マネーの追求に明け暮   れ、その結果多くの問題と疑問と苦痛を人   々にもたらしてきた。そして今、かつて経   験したことがないような、先行きの見えな   い不安が日本人と社会を覆っている。                               さらに今、縄文から続く六千年来の人々   の覚醒が静かに始まった。                                    白山には三つの入口がある。一つは加賀   から入る道で、ここは古代に崇神(すじん) 天皇...

381. 現代の課題と統一協会(続き)

 【2025年2月26日配信】        親友ヨッチにささげる手記          -最期まで友情を信じて-                  石川県河北郡津幡町                 書店員 22歳  酒井 由記子  人は、どんな人と巡り合うか、どんな本 と出会うかによって人生が決まってくると、 ある作家が述べていたのをふと思い出す。 私にとってはまさにそうであった。出会っ た人達も書物もとても大きな影響を残し、 忘れられない出来事となっていったのであ る。   一、高校生の頃  今から六年前(1977年)、私は金沢 二水高校の二年生であった。いや二年生と いうより吹奏楽部生というほうが適切であ るほど私は部活動に情熱を注ぎ込んでいた。 みんなでマラソン、腹筋運動をしてからだ を鍛えあげ、各パートごとでロングトーン をして基礎固めをなして、全員そろって校 舎中いっぱいに響きわたるハーモニーを歌 いあげる。それは、先輩、後輩、仲間達の 一致によって一つの音楽をつくり出すとい う喜びを存分に味わった私の青春時代の真 っ盛りであった。ただ残念なことは、部活 動に熱中すればするほど勉強のほうはさっ ぱり力がはいらなかったことである。中学 生のときは、「進学校にはいるために」と いうただそれだけの目的で受験勉強ができ た。しかし、いざ高校にはいってみると、 また「いい大学にはいるために」と先生方 が口をすっぱくして押しまくる文句に素直 になれなかった。勉強する本当の意味が見 出せなかったのである。その頃から、私は 人間は何のために生きるのだろうかという ことまで突っ込んで考えるようになってい った。  父母が書店を経営しているため本は充分 にあり、書物を読むことによって答えを見 出そうとした。私の強い求めに応じるかの ように一冊の本が転がり込んできた。クリ スチャン作家である三浦綾子さんの『あさ っての風』という随筆集であった。聖書の 言葉がそこに登場しており、それはズシリ と心に響いたのである。その本に魅せられ て三浦さんの自叙伝も何冊か読み進めてい った。しだいに私の魂は、人間をはるかに 越えた大いなる存在があることを感じてい った。確信までは至らなかったけれども、 それらの本...

388. 七五調の源流・歌垣

 【2025年3月24日配信】   この土手に                                       作家 広瀬 心二郎                                 「この土手にのぼるべからず警視庁」と いう、昔はよく町のあちこちで見かけたよ うな立札みたいな文句ですが、これはだい ぶ昔に私が買って読んだ俳句の入門書に、 五七五の十七音表現の身近な一例として、 その最初の方のページに取りあげてあった ものなんです。  どなたの書かれたものだったか、どこの 出版社からだったか、すべて忘れてしまい まして、筆者の方には申しわけありません。 その入門書の意図ですが、この立札の警視 庁の警告文も五、七、五の形にはなってい るけれど、俳句でも川柳でもなんでもない。 では俳句とはどういうものか、これからよ くわかるように教えてあげます、というい わゆる「つかみ」になっているわけなんで す。  そう。俳句、川柳ばかりでなく、立札、 ポスターの標語、演歌、歌謡曲、今でいう  CMのキャッチ・コピーなどなど、あれも これも、とにかく日本人の日常に五七五の 形は溢れています。  ことに演歌には、圧倒的に多いのではな いでしょうか。  ためしに、好きな歌を口ずさんでみてく ださい。たぶん、多くは七五調。で、歌っ て、昔の恋を思い出して泣いて笑って、あ あよかった。それですむ人が世の中のほと んどかもしれませんが、天邪鬼、へそ曲が り、つむじ曲がりの私は、ついつい、なぜ、 五七五なのか、考え始めてしまいました。 昔の三球照代さんという漫才のご夫婦の、 「考えてたら眠れなくなっちゃった」とい うギャグが思い出されてなりません。  しかし、なぜ、ほんとうに、五七五、七 五調なのでしょう。生来ひつっこい私はそ の後の人生を途切れ途切れに、この謎を追 いかけてきました。何年も、何十年も。考 えてたら眠れなくなったというほどではな いのですが。ものの本を調べてみたり、少 しずつ色んな説に耳を傾けたり。  すると農耕民族である日本人がその日常 の農作業の中から獲得していった独...

280. 湯の人(その4)現実と夢

 【2022年11月22日配信】   大きな便り                       加藤 蒼汰          秋とはいっても冬のような寒い夜だった。 浴室にはだれもおらず、脱衣場には番台に 座っている銭湯の主人と私ともうひとり。  その人は銭湯の近所の人であり、かつて 高校の教員をしていた。在職当時、馳浩・ 現石川県知事を教えていたと語っている。 八十歳を超えている。  この銭湯でよく顔を合わせ、会うたびに 知事の高校在学中のエピソードを繰り返す ので、私はその話の内容をすっかり諳んじ られるようになってしまった。高校入学時 から卒業までの様子、レスリング部での活 躍などであるが、私が特に感銘を受けた話 は、知事は高校時代、冬、雪が降り積もっ た朝には真っ先に早出登校して、生徒・教 職員を思いやり、校門から校舎玄関入り口 までの路をひとりスコップで雪かきをして いたというくだりである。  そんなすばらしい教え子をもつ元先生が、 服を脱ぎ裸になって浴室入り口に向かって 五、六歩あるきながら大便を三個落とした のである。気づかずに落ちたようなので、 私は「先生、落としもの」と声をかけると、 「ありりー、まったく気いつかんかった。 あはははは」と笑うのである。  私は、脇にあったチリトリでこの塊をす くいとり、「みごとな色と固さやね」と言 いながらトイレに流した。しかしながら、 脱衣場にはその匂いが全面に沁みわたり、 息が苦しくなるほどだった。このとき私は、 幼いころサーカスを見たときのことを思い だした。  それは曲芸をしていた象が巨大な大便の 塊を三個落とし、団員があわててスコップ で拾いあげていた光景であった。このとき の衝撃の記憶がよみがえり、私にとっさに チリトリを思いつかせたような気がする。 本を読んでいた番台の主人もその匂いで事 のいきさつに気づき、「匂いもすばらしい ね」と笑いながら脱衣場の窓を全開し床を 雑巾でふいてくれたが、その強力な匂いは 容易に消えなかった。  その間、先生は先に浴槽へ入り、気持ち よさそうに浸かっていた。私は先生と湯壺 にいっしょに漬かることに一瞬躊躇したが、 免疫機能が高まるまたとないチャンスでは ないかとの思いも何ゆえか突然こみあげて きて湯船に同席、お伴したしだいである。 ...
         柿岡 時正
         廣田 克昭
         酒井 與郎
         黒沢  靖
         神尾 和子
         前田 祐吉
         廣田 克昭
         伊藤 正孝
         柿岡 時正
         広瀬 心二郎
         七尾 政治
         辰巳 国雄
         大山 文人
         島田 清次郎
         鶴   彬
         西山 誠一
         荒木田 岳
         加納 韻泉
         沢田 喜誠
         島谷 吾六
         宮保 英明
         青木 晴美
         山本 智美
         匂  咲子
         浅井 恒子
         浜田 弥生
         遠田 千鶴子
         米谷 艶子
         大矢場 雅楽子
         舘田 信子
         酒井 由記子
         酒井 由記子
         竹内 緋紗子
         幸村  明
         梅  時雄
         家永 三郎
         下村 利明
         廣田 克昭
         早津 美寿々
         木村 美津子
         酒匂 浩三
         永原 百合子
         竹津 清樹
         階戸 陽太
         山本 孝志
         谷口 留美
         早津 美寿々
         坂井 耕吉
         伊佐田 哲朗
         舘田 志保
         中田 美保
         北崎 誠一
         森  鈴井
         正見  巖
         正見  巖
         貝野  亨
         竹内 緋紗子
         滋野 真祐美
         佐伯 正博
         広瀬 心二郎
         西野 雅治
         竹内 緋紗子
         早津 美寿々
         御堂河内 四市
         酒井 與郎
         石崎 光春
         小林 ときお
         小川 文人
         広瀬 心二郎
         波佐場 義隆
         石黒 優香里
         沖崎 信繁
         山浦  元
         船橋 夕有子
         米谷 艶子
       ジョアキン・モンテイロ
         遠藤  一
         谷野 あづさ
         梅田 喜代美
         小林 ときお
         中島 孝男
         中村 秀人
         竹内 緋紗子
         笠尾  実
         前田 佐智子
         桐生 和郎
         伊勢谷 業
         伊勢谷 功
         中川 清基
         北出  晃
         北出  晃
         広瀬 心二郎
         石黒 優香里
         濱田 愛莉
         伊勢谷 功
         伊勢谷 功
         加納 実紀代
         細山田 三精
         杉浦 麻有子
         半田 ひとみ
         早津 美寿々
         広瀬 心二郎
         石黒 優香里
         若林 忠司
         若林 忠司
         橋本 美濃里
         田代 真理子
         花水 真希
         村田 啓子
         滋野 弘美
         若林 忠司
         吉本 行光
         早津 美寿々
         竹内 緋紗子
         市来 信夫
         西田 瑤子
         西田 瑤子
         高木 智子
         金森 燁子
         坂本 淑絵
         小見山 薫子
         広瀬 心二郎
         横井 瑠璃子
         野川 信治朗
         黒谷 幸子
         福永 和恵
         小社発信記事
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         秋山 郁美
         加藤 蒼汰
         森本 比奈子
         森本 比奈子
         吉村 三七治
         石崎 光春
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         前田 佐智子
         中野 喜佐雄
         八木  正
         堀  勇蔵
         家永 三郎
         広瀬 心二郎
         菅野 千鶴子
         海野 啓子
         菅野 千鶴子
         海野 啓子
         石井 洋三
         小島 孝一
         キャリー・マディ
         谷本 誠一
         宇部  功
         竹内 緋紗子
         谷本 誠一
         酒井 伸雄
163、コロナ禍の医療現場リポート
         竹口 昌志
164、この世とコロナと生き方を問う
         小社発信記事
165、コロナの風向きを変える取材
         橋本 美濃里
166、英断の新聞意見広告
         小社発信記事
167、ワクチン接種をしてしまった方へ
         小社発信記事
168、真実と反骨の質問
         小社発信記事
169、世論を逆転する記者会見
         小社発信記事
170、世界に響けこの音この歌この踊り
         小社発信記事
171、命の責任はだれにあるのか
         小社発信記事
172、歌人・芦田高子を偲ぶ(1)
         若林 忠司
173、歌人・芦田高子を偲ぶ(2)
         若林 忠司
174、歌人・芦田高子を偲ぶ(3)
         若林 忠司
175、ノーマスク学校生活宣言
         こいわし広島
176、白山に秘められた日本建国の真実
         新井 信介
177、G線上のアリア
         石黒 優香里
178、世界最高の笑顔
         小社発信記事
179、不戦の誓い(2)
         酒井 與郎
180、不戦の誓い(3)
         酒井 與郎
181、不戦の誓い(4)
         酒井 與郎
182、まだ軍服を着せますか?
         小社発信記事
183、現代時事川柳(六)
         早津 美寿々
184、翡翠の里・高志の海原
         永井 則子
185、命のおくりもの
         竹津 美綺 
186、魔法の喫茶店
         小川 文人 
187、市民メディアの役割を考える
         馬場 禎子 
188、当季雑詠
         表 古主衣 
189、「緑」に因んで
         吉村 三七治 
190、「鶴彬」特別授業感想文
         小社発信記事
191、「社会の木鐸」を失った記事
         小社発信記事
192、朝露(아침이슬)
         坂本 淑絵
193、変わりつつある世論
         小社発信記事
194、ミニコミ紙「ローカル列車」
         赤井 武治
195、コロナの本当の本質を問う①
         矢田 嘉伸
196、秋
         鈴木 きく
197、コロナの本当の本質を問う②
         矢田 嘉伸
198、人間ロボットからの解放
         清水 世織
199、コロナの本当の本質を問う③
         矢田 嘉伸
200、蟹
         加納 韻泉
201、雨降る永東橋
         坂本 淑絵
202、総選挙をふりかえって
         岩井 奏太
203、ファイザーの論理
         小社発信記事
204、コロナの本当の本質を問う④
         矢田 嘉伸
205、湯の人(その2)
         加藤 蒼汰
206、コロナの本当の本質を問う⑤
         矢田 嘉伸
207、哲学の時代へ(第1回)
         小社発信記事
208、哲学の時代へ(第2回)
         小川 文人
209、コロナの本当の本質を問う⑥
         矢田 嘉伸
210、読者・投稿者の方々へお願い
         小社発信記事
211、哲学の時代へ(第3回)
         小社発信記事
212、哲学の時代へ(第4回)
         小社発信記事
213、小説『金澤夜景』(2)
         広瀬 心二郎
214、小説『金澤夜景』(3)
         広瀬 心二郎