324. 湯の人(その6)白い冬至
【2023年12月22日配信】
黒傘の青年
加藤 蒼汰
きょうの朝は寒かった。なぜか私は下着、
上着、靴下、ジャンバーなど身につける物
全部真っ黒で出かけた。別にそうしようと
思ったわけではなく、きょうは偶々それし
か着るものがなかったのである。靴の色も
腕時計の帯革の色も真っ黒だった。
友人との待ち合わせのため喫茶店でコー
ヒーを飲んでいると、黒装束の僧侶が「久
しぶり」と声をかけてきた。この僧侶は、
はるばる東北青森の寺から婿養子に来たが
長男が生まれるまで養子先の籍を入れても
らえなかった苦労人だった。義父母からは
疎んじられ、おまけに夫婦仲も悪くいつも
妻から殴られていると言う。そのため毎日、
寺から逃げ出して、昼間こうして喫茶店を
はしごして油を売って過ごしていると言う。
私はそんな僧侶と偶然、喫茶店のカウン
ターで知り合い、彼の悩みを聞く関係にな
ってしまい、何とも応えようがないので彼
とは会わないように特段の気を配っていた
のだが、何の因果か、ブラックが黒を呼ん
だのか、きょう、とうとうつかまってしま
った。
義父母が亡くなり、あとは妻からの暴力
だけだと言う。相変わらず困ったことばか
り言うので、私は喫茶店から逃げ出しすぐ
近くの友人宅へ直接向かった。
友人の家の前庭には犬小屋があり、熊の
ような大きな犬がいるので私はそれが怖く
て喫茶店で会うことにしていたのだった。
案の定、全身真っ黒な「黒熊九郎丸」と名
づけられた大型犬は、私を見るなり「ウワ
ンウワンウワン」と何度も何度も繰り返し
大声をはりあげた。
私は噛み殺されるのを覚悟で「キャイン
キャインキャイン」と対抗した。双方そう
して応酬しているうちに、いったい何事か
と、友人が黒い髭をたくわえておもむろに
玄関から出てきた。おかげで事なきをえた。
友人宅からの帰り道、夜、私はいつもの
銭湯へ寄った。風呂から上がると脱衣場で、
ひとり、風呂上がりの青年が着衣している
ところだった。見慣れぬ青年だった。青年
の隣で私も着衣を始めると、その青年がと
きおり私のほうをチラッと見るのである。
何事かと思い、私も青年のほうをチラッ
と見ると、その青年も黒装束だった。下着、
上着、ズボン、セーター、靴下、ジャンパ
ー、時計・ズボンの帯、手袋、黒縁メガネ、
おたがい全身黒ずくめだった。そのひとつ
ひとつを身につけるたびに、こんなことが
この世にあるのかとおたがいギョッとした
顔になったが、おたがい声はかけなかった。
帰り際、青年は私のほうを一瞥して最後
に棚からサッと黒色の三角帽子を取り出し、
サッとかぶり、ドウダッという背中を私に
向けて去っていった。このとき、私の頭の
片隅に「棚から黒帽」「上には上がある」
という言葉が浮かんできた。酷寒と強風の
せいか、銭湯客は青年と私のふたりきりだ
った。
私は、降りしきる新雪のなか黒傘をさし
白い夜道を黒靴で踏み進くこの青年の背に、
「おそれいりました」「まいりました」と
頭を下げた。
〈参考〉
2023.12.19 佐山みはるさんnote
当講座記事NO.170、292から歌
密陽アリラン 동지(トンジ・冬至)
二河白道、阿部信幾さん「親鸞会」を論破 頭の体操
後生の一大事 無くならない幸せ 自力と他力の違い
2023.12.23 霜月やよいさんnote
2023.12.24夜 氷見市で花火
撮影 木偶乃坊写楽斎さん
2023.12.25 長谷川良品さん