329. 北前船に生きた銭五(前編)
【2024年2月12日配信】
豪商・銭屋五兵衛に思う
-土地の歴史や文化にふれる-
金沢市 若林 忠司
加賀藩で一番知られた人物
地域の歴史に焦点をあてると、銭屋五兵
衛の名前をよく目にする。翁は、安永2年
(1773年)11月25日、 加賀国宮腰(みや
のこし、現在の金沢市金石町)に生まれ、
幼名を茂助という。翁より六代前の吉右衛
門のときより金銭両替商を営むようになり、
屋号を銭屋と呼んでいた。
十七歳で家督を継いだ翁はその後新たに
古着、呉服商なども営んでいる。海運業は
三十九歳のとき、質流れとなった百二十石
の古船を修理して米を運んだのが最初とい
う。
石川県では、江戸末期の豪商で天保の飢
饉のころ弘前藩との関係を深め、青森に支
店を置き、巨利を稼いだことで知られる。
先達の研究業績を借りながら銭屋五兵衛
について調べると、『石川県大百科事典』
(北國新聞社、1993年)に銭屋五兵衛につ
いて、加賀藩末期の豪商・海運業者とある。
日本一の国語辞典で日本語の最も信頼で
きる辞書として広く活用されている『日本
国語大辞典第ニ版第七巻』(小学館、2001
年)には、銭屋五兵衛の言葉も載録されて
いて、「江戸末期の豪商。加賀宮腰の人。
姓は清水……」と説明されている。
私がよく利用する『広辞苑第五版』(岩
波書店、1998年)にも「江戸後期の豪商。
加賀の人。屋号は清水屋……」と説明され
ている。これらの辞典に載録されているこ
とは、よく知られている証しといえる。
『銭屋五兵衛の研究』(銭五顕彰会、19
54年)で知られる銭五研究の権威である鏑
木勢岐氏は、『銭屋五兵衛』(銭五顕彰会、
1968年)で、「石川県が生んだ歴史上の人
物で一番よく世間に知られているのは、商
傑銭屋五兵衛でありましょう」と述べてい
る。加賀藩政で最も知られた人物ではない
だろうか。
「海の百万石」と称せられ、その壮絶な
人生は、小説、芝居や演歌でも広く世間に
知られるようになる。
”私と金石”の縁
歴史を振り返ってみた。元和ニ年(1616
年)、三代藩主・前田利常のときに、宮腰
と金沢城下町の間の約五キロを直線で結ぶ
宮腰往還ができる。宮腰港は北前船の停泊
地であった。
小学校から長年の友人であったN君と、
中橋陸橋を渡り、中橋駅から電車で金石海
水浴場へよく行った。今も脳裏から離れな
い。また教師として金石中学校に六年間勤
めたことで金石(かないわ)の町に対する
関心が深まり、休日に校下を歩き、町家、
神社仏閣などを訪れる。風情ある町並みに
魅かれる。金石にご縁をいただいたといえ
よう。
銭五遺品館で銭五に出会う
私が銭屋五兵衛について関心を持つよう
になったのは、金石の町にあった「銭五遺
品館」を訪ねたことがきっかけであった。
館長は銭五の直系、子孫の十一代目・清
水五兵衛氏。銭五の業績、生涯に詳しい。
「先祖は能美郡清水村の出身で………」と話
してくれたことが記憶に残っている。銭屋
五兵衛の姓は「清水」、「銭屋」は商店な
どの家の呼び名である屋号であることを初
めて知る。
訪れたときのパンフレットを保管してい
る。この遺品館の設立は、1968年7月21日
と記されていた。旧金石町警察署の建物を
銭五顕彰会が改装したものという。当時は
「銭五会館」という名称になっていたが、
1971年5月から「銭五遺品館」と変わる。
入館料は、大人・大学生は 250円。小中
高生は150円となっていた。銭五銅像・遺
品館・銭屋の墓などの写真が載せられてい
る。そして、船箪笥、手文庫、遠眼鏡や弁
当箱、船幟など、往年の銭五の隆盛ぶりを
偲ばせる遺品が陳列されていた。
展示品は銭屋五兵衛に対する町民の熱意
のお陰であった。これらの貴重な遺品が残
っていたことについて、『江戸豪商の謎』
(祥伝社、1978年)で著者の駒敏郎氏は、
「闕所(とり潰し・家名断絶)になった銭
屋は、家財のすべてを藩に没収されたわけ
だが、検挙と同時に残された者たちが家財
の隠匿をやっている。これは武士の社会で
暮らす町民のもっとも大切な生活の知恵で
もあった」と述べている。
パンフレットには、『銭五商訓三ヶ条』
「(一)世人の信を浮くべし、(ニ)機を
見るに敏なるべし、(三)果断勇決なるべ
し」と、商人の心得も載せられている。
この「銭五遺品館」が銭屋五兵衛を知る
出発点であった。その後、本龍寺銭五墓所、
銭五本宅跡、銭屋五兵衛銅像など、ゆかり
の場所をめぐる。 (次回につづく)
わかばやし ただし
石川郷土史学会、
石川県中央歩こう会、
銭屋五兵衛顕彰会会員。
第14回文芸集団年間賞(随筆部門)、
第23回コスモス文学賞(ノンフィクション部門)
受賞。
第7回「現代の声」講座で提言、
テーマ『色彩と連想ー心理学的考察ー』。
著書に、
『英語の中に定着した日本語』(北国出版社) 、
『知られざる金沢』・『金沢めもらんだむ』・
『金沢まちあるき』(自費出版)などがある 。
〈参考〉
子どもたちを喜ばせ、童心にかえる大人たち
(26分すぎ、人形は伍子胥、当講座記事 NO.328から)
松帆榭(銭五の茶室、金沢市指定有形文化財)