442. 冬の風物詩
【2026年2月18日配信】
名園の雪吊り

雪吊りの唐崎の松(兼六園・筆者撮影)
金沢市 若林 忠司
外は雪。
〽松の雪吊り兼六園は未練ちらちら細雪
葵かを里さんが歌う《雪の兼六園》に雪
吊りが出てくる。
名園の雪吊り。金沢市民、石川県民は誰
しも兼六園の雪吊りを挙げるだろう。雪化
粧された兼六園に魅せられ、訪れる観光客
も多い。
芦田高子さんは『歌集兼六園』(新歌人社)
で、
雪吊りの縄が保てる緊張の美しさみな天に統べらる
と詠んでいる。
雪吊りの作業は、園内随一の美しい枝ぶ
りを誇る唐崎松(からさきのまつ)から始
まる。芯柱の天辺に立った庭師が、大空高
く縄を投げる。辺りの張り詰めた空気を破
るように、観光客から一斉に拍手パチパチ
……。カメラのシャッターが押される。
ある年の十一月一日、多くの観光客とと
もに、冬を演出する雪吊りの作業を見学し
たときのことである。作業が終わった後、
庭師は芯柱からどのようにして降りるのだ
ろうか、と思い最後まで見ていた。無事、
降りたとき、再び拍手が湧き上がったこと
が思い出される。
ライトアップされた園内を見たときのこ
とである。唐崎松の天辺から放射線状にか
けられた「りんご吊り」。 芸術的な幾何学
模様が黄金色に輝き幻想的であった。日中
には見られない景観美を浮かび上がらせて
いた。 『金沢めぐり とっておき話のネタ
帖』(北國新聞社)によると、「りんご吊り」
の原形は江戸時代すでにあったとか。
金沢市内では至るところで、雪吊りを見
ることができる。兼六園のほかに私の目に
焼き付いたのは、旧林屋家林鐘庭(りんし
ょうてい)の「五人扶持(ごにんぶち)の
松」で、『おとこ川おんな川』(時鐘社)に
紹介されている。
兼六園教養セミナーの研修で小立野(こ
だつの)台地にある林鐘庭を訪れ、庭の説
明やエピソードを聞いたことが思い出され
る。現在は北陸大学教養部別館になってい
て公開はされていない。
卯辰山(うたつやま)を借景として、池
も築山もない平庭式の庭園である。加賀藩
士の吉川氏が所有していた庭で、十三代藩
主・前田斉泰(なりやす)が金沢城内に移
植を望んだが、その大きさのために断念す
る。
天下に得がたい松として、手入れのため
に、松に与力五人分の扶持(給与)を与え
たのが松の名前の由来という。五人扶持の
呼び名の誕生物語を知る。枝ぶりは南北二
十四メートル、東西十九メートル。
吉田茂をはじめ歴代首相らが松を感嘆す
るとともに、松の下で政局の節目を左右す
るような密談もあったのだろうか、と前掲
書『おとこ川おんな川』に記されている。
政界に重きをなした林屋亀次郎の存在感を
物語るものでもある。
一度は林鐘庭の雪吊りを見たいと思って
いたが、偶然その機会に恵まれたのは、二
〇一三年二月二十一日(木曜日)、午後一
時ごろであった。鉛色の空から雪が降り注
ぐ。天神町緑地公園には五センチほどの雪
が積もっていた。この時季に椿の鑑賞で訪
れる人が多い。
入口の門をくぐる。二十歩あまり進み、
左斜め上を見る。険しくそびえ立つ崖の高
台に、八本の雪吊りが姿を見せていた。林
鐘庭の雪吊りであった。白く化粧された崖
と雪吊りのコントラストが印象的で、しば
らく眺めていた。
緑地を後にして、天神町 (てんじんまち)
から扇町(おうぎまち)、賢坂辻(けんさ
かつじ)に向かって歩く。雪吊りが少しず
つ目の前に迫ってきた。民家の屋根に見え
隠れする。
三分ほど歩いたときに、真正面に雪吊り
が見えた。さらに五分ほど進んでいくと、
ぱっと視界から消えた。
名園に見る雪吊り。金沢の冬を彩る。
写真:金沢市 作田 幸以智さん
わかばやし ただし
石川郷土史学会、
石川県中央歩こう会、
銭屋五兵衛顕彰会会員。
第14回文芸集団年間賞(随筆部門)、
第23回コスモス文学賞(ノンフィクション部門)
受賞。
第7回「現代の声」講座で提言、
テーマ『色彩と連想ー心理学的考察ー』。
著書に、
『英語の中に定着した日本語』(北国出版社) 、
『知られざる金沢』・『金沢めもらんだむ』・
『金沢まちあるき』(自費出版)などがある 。
当講座記事NO.104再掲