339. トヨばあ
【2024年5月1日配信】
作家 広瀬 心二郎
民宿手伝いのトヨばあ
曲がった腰をたたきたたき
裏の畑にのぼる
ひた青の美ら海に
日やけたばあの渋紙のような肌が
荒く撫でつけただけの銀髪が映える
深い皺の間から水平線を見やる
手を合わせる
ああわからない
人というものはわからない
九十年も生きてきてわからない
人は平和のためと言ってイクサをする
国を守ると称して国の民を殺める
わからない
わからない時は昼寝をする
少しわかっていることもある
男は駄目だとばあは思うのだ
男は孕むことがないから
女のように体に別の命を宿し
育み愛おしむことがないから
だから男はイクサをする
いろんなイクサがあった
ばあの一生はイクサだらけ
そしてこの国は
一度イクサで死んだはずなのに
またぞろ武器を手にして微笑むのだ
昼寝から覚めて
ばあは首をひねる
いったいそれにしても
死ぬということは
眠るようなものなのか
どこがどう違うのか
夕刻近所の衆が集まり
ばあは少し泡盛をいただく
魚も飯もいただく
イクサのガマで水をほしがって
死んだ友の分も
南の戦線で餓死したいとこの分も
ほろ酔えば腰が伸び
三線に合わせ達者に踊る
もう九十だ嘘のようだ
楽しい時は短いというから
きっとオレも生きて楽しかったのだろう
そういう結論が出る
そしてまばたきのような生を
ばあは今夜も踊りを楽しむ
詩人会議第53回新人賞受賞作品
ひろせ しんじろう
文芸同人誌「層」(長野ペンクラブ) 同人
著書・小説『金澤夜景』(小社発行)他
長野県須坂市出身、長野高校・富山大卒
埼玉県狭山市在住
当講座記事NO.10再掲
〈参考〉
広瀬心二郎さんのエッセイが、当講座記事の
NO.60、92、102、122 にあります。また、
小説は以下の記事にあります。
当講座記事NO.366から
でえごぬ花が咲き
風(かじ)を呼(ゆ)び 嵐が来た
でえごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
繰り返す くぬ哀(あわ)り
島わたる 波ぬぐとぅ(如)
ウージの森で あなたと出会い
ウージの下で 千代にさよなら
島唄ぐゎ 風に乗り
鳥(とぅり)とともに 海ゆ渡り
島唄ぐゎ 風に乗り
届けてたぽり 私(わんく)ぬ涙(なだ)ぐゎ
でえごぬ花も散り さざ波が揺りるだき
ささやかな幸しは うたかたぬ波ん花(ばな)
ウージの森で 歌った友(どぅし)よ
ウージの下で 八千代を去り
島唄ぐゎ 風に乗り 鳥とともに 海ゆ渡り
島唄ぐゎ 風に乗り 届けてたぽり 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ
このまま永遠に夕凪を
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ
島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の涙
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ
島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
2025.1.23 琉球放送