344. 『J』コーヒー・タイム
【2024年6月6日配信】
富山市 作家 佐伯 正博
コーヒーを飲んでいると、何故かしら心
がほのぼのとしてきて落ち着く。ゆったり
とした気持ちになることしばしばである。
私とコーヒーの関係は古い。昔、子どもの
頃は砂糖の甘さ加減が好きだった。今は、
カフェイン中毒のようにコーヒーを一日に
二、三杯以上飲まないと、生きている心地
にはならない。
朝、起きて顔を洗いご飯を食べて、コー
ヒーを飲む。『ああ、朝だなあ』なんて思
う。眠気を覚まし、はつらつとした一日を
送る上において、この朝食後のコーヒー・
タイムはきちょうだ。
本屋へ行く。文庫本でも雑誌でもいいか
ら本を買う。その次は、喫茶店だ。喫茶店
で今買ってきた本をペラペラめくりながら
コーヒーを飲む。一番好きな時間だ。心も
気持ちも落ち着くし、本を買ったなあ、と
独りの世界に入り込む。その世界空間は私
だけのものだ。誰にも邪魔をされずに雑踏
の街のオアシスの中に独り坐り込んでいる。
本をペラペラめくり、本の世界と雑踏とコ
ーヒー空間の中にすっぽりと包まれていく。
これはあまり他人には言わないが、私の秘
密の空間と時間の流れだ。
本を買わなくても、私は喫茶店というも
のが大学生の頃から好きで、一日に二、三
軒はしごをしたりした。大学の講義に緊張
した体と頭を休め、家庭教師に行く時間ま
での暇つぶしでもあるが、二軒ぐらいはし
ごをすると、活力が湧いてくる。最近は、
午後の二時から三時までの間に一度、喫茶
店か家でコーヒー・タイムを取る。一服す
るということは私が生き長らえるために必
要不可欠の行為なのだ。その時は、黙って、
喫茶店の雰囲気に浸って、私はこの上もな
く幸福だ。あくせく働くだけが能ではない。
一服しながらコーヒー空間に深まり込むこ
とは、長生きの秘訣ではないかなあ、と私
は思う。
次は夕方、五時から六時の間にもう一度。
夜、コーヒーを飲むと眠れなくなる怖れが
あるから夕方に飲む。外出から帰って、一
服、落ち着くためにコーヒー・タイムを取
る。この騒音公害の厳しくも重々しい人生
と生活の糧にコーヒーを飲む。一日の分か
れ目に一服の落ち着きと沈着冷静な充実し
た空間に浸る。一日の重さ険しさは、コー
ヒーの中に。そして空間世界を活性化して、
夜を迎え、床に着くまでの夜の時間帯を気
楽にさせる。
コーヒーは、コーヒーの樹の果実の種子
を炒って粉としたものだが、その味は渋く
琥珀色をして、アイスコーヒーもそうだが、
心の冷静さを誘うものだ。コーヒー豆をか
じったことがあるが、あれは駄目だ。薫り
だけだ。液状にしたコーヒーのほうがやは
り私を誘う。コーヒーを飲むことは私にと
って是だ。この世にコーヒーがなかったら
私は試行錯誤して毎日つらい想いで過ごさ
なければならないだろう。コーヒー・タイ
ムを一日三回として私の境地は依然琥珀色
をして、落ち着いていられるのだ。インス
タントでも結構だ。入れ方によって甘い。
甘いし、コーヒー空間に入り込める。
私は、あくせく動きまわるほうではない
が、それよりコーヒー空間の中に浸ってい
るのは良いものだ。空想の世界に浸るので
はなく、落ち着いた現実認識の世界に浸る
ことは、生きていく上において重要だ、と
思うのだ。
小社発行『北陸の燈』第2号より
当講座記事NO.59再掲
追悼